肺高血圧症の病態の解明、診断能と治療成績の向上、および治療指針の確立をはかり、貢献することを目的として活動を行っております
菊地 順裕(東北大学大学院医学系研究科 循環器内科学)
「新規病因蛋白セレノプロテインPによる肺高血圧症促進機構の解明と治療ターゲット、バイオマーカーとしての臨床応用」
セレノプロテインP(SeP)は、肝臓やPASMCsを含む全身の諸組織において産生・分泌され、微量元素セレンの供給や細胞内エネルギー代謝を調整する働きを持つ血中蛋白である。SePがPAHの病態において果たす役割は未解明であり、PAHの診断や予後評価のためのバイオマーカーとしての有用性や、治療ターゲットとしての可能性も明らかではない。
PAH由来肺動脈平滑筋細胞 (PAH-PASMCs) におけるSeP遺伝子発現の著しい上昇(> 32倍)を認めた。また患者由来肺組織を用いた免疫染色にて、末梢肺動脈中膜にSeP蛋白発現を認め、培養細胞を用いた検討においても、PAH-PASMCsにおけるSeP蛋白発現の充進を認めた。血中SeP濃度測定の結果、肺高血圧症患者において血中SePの上昇を認め(7.3倍) 、血中SeP高値が長期生命予後を予測しうることを示した。さらにPAH患者において追跡期間中に血中SeP 濃度が増加した群は、低下した群に比べて予後不良であることを示した。
PAHにおいて肺血管平滑筋におけるSeP発現亢進が、肺高血圧形成に重要であることを示した。PASMCsに対するヒト精製 SeP刺激、siRNAによるSePノックダウンやプラスミド導入によるSeP過剰発現によって、SePがPAH-PASMCsの細胞増殖を促進することを示した。その機序としてPAH-PASMCsにおけるミトコンドリアエネルギー代謝障害、細胞内グルタチオンの減少とこれに伴うNADPHオキシダーゼ由来の酸化ストレス充進が引き起こされることを示した。
既存薬3,336種からなる化合物ライブラリーに対するハイスループットスクリーニングによってSeP 抑制化合物サンギナリンを見出し、サンギナリンがPAH-PASMCsの増殖を抑制し、複数の肺高血圧モデル動物に対して肺高血圧抑制、右心機能改善、運動耐用能改善効果を有することを示した。これらの知見よりSePの新規バイオマーカーとしての可能性と新規治療ターゲットとしての可能性が同時に示された。
内藤 亮(千葉大学大学院医学研究院 呼吸器内科学)
「炎症性肺血管病変としての慢性血栓塞栓性肺高血圧症」
慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)の病態形成に炎症機序の関与が示唆されているが、本邦からのデータは限定されている。われわれは炎症蛋白であるペントラキシン3が患者血漿中で上昇していることを明らかにし、また器質化血栓中に肝細胞増殖因子を高発現し強い血管新生能をもつ血管内皮細胞が存在することを明らかにした。これらはCTEPHにおける肺血管病変に炎症病態が関与することを示唆した。さらに欧州との国際共同研究により、患者背景や炎症の程度が欧州と本邦で異なることを明らかにし、炎症レベルが疾患phenotypeにも関与している可能性を示した。現在炎症機序がCTEPHの発症及び進行に関与する機序の解明を進め、炎症的側面からの新たな早期診断法やphenotype分類、内科的治療の確立を目指している。
赤木 達(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 循環器内科学)
「ナノ粒子を用いた新規肺高血圧治療法の開発」
特発性肺動脈性肺高血圧症に対し単剤で長期予後を改善するのはPGI2製剤のみである。しかしカテーテルを用いた持続静注投与が必須であり、それに伴う合併症や副作用が懸念される。ナノ粒子はその特性によりドラッグデリバリーシステムとして応用され、様々な投与法を可能にする。われわれはPGI2封入ナノ粒子を作成し、肺高血圧ラットに経気管支的に単回投与してその効果を検討した。PGI2封入ナノ粒子から徐放的にPGI2が放出されることで、持続的な肺動脈平滑筋細胞の増殖抑制及びアポトーシス誘導がもたらされ肺高血圧が改善した。ナノ粒子を用いた投与方法は、今後新たな肺高血圧治療法として期待できる。
重城 喬行(千葉大学医学部 呼吸器内科)
肺高血圧症における肺動脈リモデリング ”small vessel disease” の病態への関与
肺高血圧症の肺組織には筋性肺動脈にリモデリング所見が認められることが知られていたが、血行動態へ与える影響について検証はこれまで行われてこなかった。我々はCTEPH患者の生検肺組織を用い、肺動脈リモデリングの程度を病理学的に定量化し検討した。肺動脈リモデリングがPEA術後遺残肺高血圧の原因であること、PEA術後の低酸素血症にも影響を与える事を明らかにした。SUGEN/Hypoxiaラットの検討においても血行動態に肺動脈リモデリングの程度が血行動態に直接的影響を与えることを明らかにした。肺高血圧症の病態の本質が肺動脈のリモデリングに帰着するという疾患概念を改めて明確とした。
1. 阿部 弘太郎(九州大学循環器内科)
ヒト肺動脈性肺高血圧症の病理組織と血行動態を再現した世界初の疾患モデルの開発に関する研究、および閉塞性肺血管病変の進展・維持における血行動態ストレスの役割解明に関する研究
2. 福井 重文(国立循環器病研究センター心臓血管内科部門・肺循環科)
慢性血栓塞栓性肺高血圧症患者における右心機能および運動耐容能に対する、バルーン肺動脈形成術の直接効果とバルーン肺動脈形成術終了直後から導入する心臓リハビリテーションの補完的効果の証明
以下、選考委員会からの報告になります。
2016年4月15日開催の日本肺高血圧・肺循環学会理事会で承認された学会奨励賞について、学会奨励賞選考委員として選出された以下5名による審査を行いましたのでご報告申し上げます。
学会奨励賞選考委員会 委員長:桑名正隆(日本医科大学、膠原病内科) 委員:谷口博之(公立陶生病院、呼吸器内科) 江本憲昭(神戸薬科大学、循環器内科) 荻野均(東京医科大学、外科) 土井庄三郎(東京医科歯科大学、小児科) |
選考過程:
2016年5月末までに2名の候補者から応募があり、選考委員長が両者共に応募資格を満たすことを確認した。また、学会奨励賞候補者の中に選考委員の当該施設に所属する者はいなかった。あらかじめ委員全員で評価方法についてメールで協議し、第一段階としての評価シートを用いて各委員が独立して2名の候補者の評価を行い、それらの結果を委員長が取りまとめた上で、メール審議で最終判断することとした。6月半ばに学会事務局から各委員に候補者2名の応募書類が郵送され、6月30日を期限に第一段階の評価シートの提出を依頼した。7月11-19日の間に集計結果をもとに全委員でメール審議を行った。
学会奨励賞は将来の発展が期待される若手研究者に対して表彰するものである。日本肺高血圧・肺循環学会 「学会奨励賞」 選考に関する申し合わせに従って過去5年間の研究成果、研究論文等の業績、今後の肺高血圧症の領域のリーダーとなる資質を有する将来性を主たる評価対象とした。各委員からの2名に対する候補者の評価では、2名の候補者ともにきわめて優れた業績と将来性があり、甲乙がつけられないとの意見に集約された。候補者の専門領域がPAHの病態に関する基礎・臨床研究とCTEPHに対するBPAの臨床研究と大きく異なることも考慮し、委員全員の総意として阿部弘太郎、福井重文両名の受賞を強く推奨すべきとの判断に至った。
日本肺高血圧・肺循環学会 「学会奨励賞」選考委員長
桑名 正隆(日本医科大学)