肺高血圧症の病態の解明、診断能と治療成績の向上、および治療指針の確立をはかり、貢献することを目的として活動を行っております
●重田 文子(千葉大学医学部附属病院 呼吸器内科)
術前可溶性CD40Ligandは慢性血栓塞栓性肺高血圧症に対する血栓内膜摘除術の術後予測バイオマーカーになりえる
Preoperative soluble cluster of differentiation 40 ligand level is associated with outcome of pulmonary endarterectomy. JTCVS Open 2021;8:618-629.
CD40/CD40 ligandシステムは免疫系統における重要な役割を担っていることは広く知られているが、近年では慢性炎症・血栓形成への関与で注目されている。そして炎症や血栓が病態を誘発する疾患において血清可溶性CD40Lingad(sCD40L)濃度が上昇しており、その病態形成・進行に関わっていると報告されている。われわれがCD40/CD40 ligandシステムの肺気腫病態形成への関与についての研究を進めた際、肺微小血管内皮細胞はCD40を恒常的に高発現していること、またCD40Lで刺激された肺微小血管内皮細胞は炎症性サイトカインや成長因子の産生が亢進することを確認し、2012年CD40 amplifies Fas-mediated apoptosis: a mechanism contributing to emphysema(Am J Physiol Lung Cell Mol Physiol)で発表した。
この研究結果により、慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)とCD40/CD40 ligandシステムの関連への着目に至った。CTEPH患者の血小板は強く活性化していること、sCD40Lの95%以上は活性化血小板から放出されていること、sCD40Lは肺微小血管内膜に炎症を誘導する可能性があること、そして過度な炎症は不溶性血栓を誘発することが示唆されていることから、CTEPH患者の活性化した血小板から放出されるsCD40LはCTEPHの末梢血管病変形成に関与しているのではないかと考えた。その仮説を踏まえて、今回の研究の目的は、CTEPH患者における血栓内膜摘除術(PEA)前の血清sCD40L濃度が、末梢血管病変の程度や血栓形成に関わる血小板の活性化の程度を反映し、その結果PEA術後予後の危険因子になりうるかを検証することであった。
CTEPH患者の血清sCD40L濃度はコントロール群に比べて有意に上昇していることが確認された。また、肺血管抵抗(PVR)が500 dyne.s.cm-5以上・術前PVR<術後PVR・遺残PHによる死亡のいずれかを満たす患者をpoor postoperative PVR(poor pPVR)、術後心係数が2.5 L/min/m2以下の患者をpoor postoperative CI(poor pCI)と定義、術後院内死亡・poor pPVR・poor pCIのいずれかを満たすpoor surgical outcomeは肺血行動態含めた術前マーカーの中で唯一術前sCD40L濃度と有意な相関を見せた。またCTPEHの予後予測因子として既に報告されているCRPやD-dimerに比して、術前sCD40L濃度はpoor surgical outcomeの予測因子として優れていた(cut off value: 1.45ng/ml: 感度79.3% 特異度67.3%)。
結論:術前sCD40L濃度は術前血行動態とは独立したCTEPHに対するPEAの術後予測バイオマーカーになりえることが示された。この結果から、術前sCD40L濃度が高いCTEPH患者はより細やかな術後管理を行う必要が、そして術前PVR高値など手術困難が予想される患者において術前sCD40Lが高い場合には手術適応をより注意深く検討する必要があることが示唆された。
●伊藤 亮介(東京医科大学病院 循環器内科)
肺動脈血栓内膜摘除術の残存肺高血圧症に対するバルーン肺動脈形成術の有効性と安全性
Efficacy and safety of balloon pulmonary angioplasty for residual pulmonary hypertension after pulmonary endarterectomy. Int J Cardiol 2021;334:105-109.
背景
肺動脈血栓内膜摘除術(PEA)は慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)に対する標準治療であるが、一部の患者では術後に肺高血圧症(PH)が残存することがある。PEA後の残存PHに対するバルーン肺動脈形成術(BPA)の有効性は不明である。本研究は、非手術適応CTEPHと比較し、残存PHに対するBPAの治療成績を明らかにすることを目的とした。
方法
本研究では、PEA後の残存PHに対するBPA(25 patients, 101 BPA sessions)と非手術適応CTEPHに対する単独BPA(21 patients, 89 BPA sessions)を後方視的に比較検討した。PEA前またはBPA前後に全例で右心カテーテル検査、機能検査および血液検査を実施した。
結果
患者あたりのBPAセッション数に差はなかった(4.0±1.9 vs. 4.2±1.9, p=0.671)。BPA後の平均肺動脈圧(23.6±9.1 vs. 21.9± 5.7mmHg, p=0.44)、肺血管抵抗(3.7±0.5 vs. 2.8±1.2 Wood units, p=0.14)、6分間歩行距離(392.1±117.7 vs. 452.4±90.1 m, p=0.096)、WHO機能分類(I/II/ III/IV: 14/11/0/0 vs. 9/12/0/0, p = 0.375)に有意差を認めなかった。塞栓術を必要とする重度の喀血はPEA後の残存PHに対するBPA で多かった(16.0% vs. 5.4%, p = 0.018)。しかし、人工呼吸器や体外式膜型人工肺を必要とした患者はなく、手技による死亡もなかった。
結論
PEA後の残存PHに対するBPAの有効性が示唆されたが、喀血の合併が多かった。