肺高血圧症の病態の解明、診断能と治療成績の向上、および治療指針の確立をはかり、貢献することを目的として活動を行っております

本学会について

2024年度 日本肺高血圧・肺循環学会「Jamieson CTEPH award」受賞者および受賞論文要旨

最優秀賞

島原 佑介(東京医科大学病院 心臓血管外科)

Balloon pulmonary angioplasty followed by pulmonary endarterectomy

論文の要旨

慢性血栓塞栓性肺高血圧症 (CTEPH)に対しては肺動脈内膜摘除術 (PEA)が第一選択の治療であるが、特に手術ハイリスク患者においては、PEA後に病院死亡や重篤な合併症に陥ってしまう患者の割合が増加する。本研究は、手術ハイリスク患者に対してバルーン肺動脈拡張術(BPA)に引き続いてPEAを施行した患者の術後成績を検討し、このcombination therapyの有効性について検討した単施設観察研究である。


2012年から2021年の間にCTEPHに対して東京医科大学病院でPEAを行った患者111人のうち、下記の手術ハイリスク患者に該当する患者58人について検討した。

① 重症肺循環障害 (肺血管抵抗 ≥ 1000 dyn s/cm5 or 平均肺動脈圧 ≥ 45 mmHg) ± 併存疾患 (以下1つ以上の項目を満たす: ≥ 70歳、body mass index ≥ 30、serum creatinine ≥ 1.5 mg/dl、PEAとの同時手術 [三尖弁形成、メイズ手術、冠動脈バイパス、僧帽弁手術、大動脈弁手術、上行大動脈人工血管置換])。

② 中等度肺循環障害 (平均肺動脈圧 38–44 mmHg) + 上記併存疾患


これら58人のうち、BPAに引き続いてPEAを施行した患者は21人 (BPA先行群)、BPAを先行せずに直接PEA (PEA群)を行った患者は37人であり、この2群について比較検討した。


術前データでは、BPA先行群とPEA群のそれぞれにおいて、年齢(中央値)は59歳と63歳 (p=0.710)、女性の割合は62%と65% (p=0.822)、血栓素因を有する割合は24%と16% (p=0.478)、NYHA/WHO機能分類 IIIを有する割合は10%と25% (p=0.252)、NYHA/WHO機能分類 IVを有する割合は14%と5% (p=0.341)、内服肺高血圧治療薬を投与されている割合は95%と84% (p=0.198)であった。


術前後の平均肺動脈圧の比較検討では、処置前値はBPA先行群が高値であった (中央値:52 mmHg vs. 46 mmHg, p= 0.003)が、PEA前の値では逆に低値 (中央値:43 mmHg vs. 46 mmHg, p=0.01)であった。PEA術後では2群において有意差は認められなかった (中央値:BPA先行群 24 mmHg vs. PEA群 23 mmHg, p=0.785)。


術前後の肺血管抵抗の比較検討では、処置前値はBPA先行群とPEA群で有意差はなかった(中央値:965 dyn s/cm5 vs. 864 dyn s/cm5, p= 0.371)が、PEA前の値ではBPA先行群で低値 (中央値:636 dyn s/cm5 vs. 864 dyn s/cm5, p= 0.014)であった。PEA術後では2群において有意差は認められなかった (中央値:BPA先行群 333 dyn s/cm5 vs. 251 dyn s/cm5, p= 0.875)。


術前後の心拍出量の比較検討では、処置前値、PEA前の値、PEA後の値ともにBPA先行群とPEA群で有意差はなかった(処置前中央値:3.5 l/min vs. 3.5 l/min, p= 0.680; PEA前中央値:4.1 l/min vs. 3.5 l/min, p= 0.122; PEA後中央値:4.2 l/min vs. 3.8 l/min, p= 0.947)。一方で、BPA先行群では、BPA前に比べBPA後のPEA前値において値が増加した(中央値:3.5 l/min vs. 4.1 l/min, p= 0.041)。


術後の早期成績では、BPA先行群とPEA群において、病院死亡率 (0% vs. 2.7%, p=1.000)、rescue BPA率 (0% vs. 2.7%, p=1.000)、挿管期間延長(3日以上)率 (4.8% vs. 24.3%, p=0.077)、気管切開率 (4.8% vs. 10.8%, p=0.644)、縦隔炎発症率 (0% vs. 2.7%, p=1.000)、脳梗塞発症率 (0% vs. 2.7%, p=1.000)、集中治療室長期滞在(10日以上)率 (4.8% vs. 24.3%, p=0.077)のそれぞれにおいて有意差は認めなかった。しかし、これらの因子を組み合わせた複合イベント発生率では、BPA先行群で低値であった (4.8% vs. 35.1%, p=0.011)。


以上より、肺高血圧による高度肺循環障害を有する手術ハイリスク患者においては、PEA前にBPAを行うことにより、平均肺動脈と肺血管抵抗の低下、そして心拍出の増加によるPEA術前のより良い肺循環・右心機能状態にすることが期待できる。このことが術後早期合併症の軽減に貢献していることが示唆され、今後の重症CTPEH患者における新しい治療戦略となり得る。




優秀賞

中村 順一(北海道大学大学院 医学研究院 呼吸器内科学教室)

Impact of cancer on the prevalence, management, and outcome of patients with Chronic thromboembolic pulmonary hypertension

論文の要旨

癌と血栓性疾患の関連については多くの報告があるが、癌が慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH) の発症や経過にどのような影響を与えるかについての研究は少ない。本研究では、CTEPH患者における癌の合併頻度、および癌が対象症例の治療方針、予後に与える影響を調査することを目的とした。


2001年から2023年に北海道大学病院でCTEPHと診断された99症例について、癌の既往を含めた背景因子を後方視的に検討した。癌合併症例では原発臓器、癌の診断日、臨床背景、CTEPHに対する治療、生命予後を調査した。また死亡例ではその死因を検討した。


99例中、17例 (17%) が癌の既往を有した。原発臓器としては乳癌が最も多かった (n=6)。癌の既往有り群、無し群の臨床背景に明らかな違いは無く、CTEPHの重症度や治療方針にも差は無かった。しかし5年生存率は癌の既往有り群が無し群よりも低かった (65% vs 89%)。またフォローアップ中に9例が新規に癌を発症した (CTEPH診断後の癌診断)。死亡例は99例中13例であり、その内6例 (46%) は癌による死亡であった。


CTEPH症例において癌の既往・合併は生命予後不良因子であり、癌が死亡の主因となる割合も40%以上と高かった。CTEPH診療においては癌合併の有無や新規発癌に注意し早期の適切な治療につなげることが重要と考えられる。