肺高血圧症の病態の解明、診断能と治療成績の向上、および治療指針の確立をはかり、貢献することを目的として活動を行っております

本学会について

2019年度 日本肺高血圧・肺循環学会「学会奨励賞」受賞者

2019年度 日本肺高血圧・肺循環学会「学会奨励賞」受賞者および受賞研究題目

菊地 順裕 (東北大学大学院医学系研究科 循環器内科学)

「新規病因蛋白セレノプロテインPによる肺高血圧症促進機構の解明と治療ターゲット、バイオマーカーとしての臨床応用」

研究要旨

セレノプロテインP(SeP)は、肝臓やPASMCsを含む全身の諸組織において産生・分泌され、微量元素セレンの供給や細胞内エネルギー代謝を調整する働きを持つ血中蛋白である。SePがPAHの病態において果たす役割は未解明であり、PAHの診断や予後評価のためのバイオマーカーとしての有用性や、治療ターゲットとしての可能性も明らかではない。

PAH由来肺動脈平滑筋細胞 (PAH-PASMCs) におけるSeP遺伝子発現の著しい上昇(> 32倍)を認めた。また患者由来肺組織を用いた免疫染色にて、末梢肺動脈中膜にSeP蛋白発現を認め、培養細胞を用いた検討においても、PAH-PASMCsにおけるSeP蛋白発現の充進を認めた。血中SeP濃度測定の結果、肺高血圧症患者において血中SePの上昇を認め(7.3倍) 、血中SeP高値が長期生命予後を予測しうることを示した。さらにPAH患者において追跡期間中に血中SeP 濃度が増加した群は、低下した群に比べて予後不良であることを示した。

PAHにおいて肺血管平滑筋におけるSeP発現亢進が、肺高血圧形成に重要であることを示した。PASMCsに対するヒト精製 SeP刺激、siRNAによるSePノックダウンやプラスミド導入によるSeP過剰発現によって、SePがPAH-PASMCsの細胞増殖を促進することを示した。その機序としてPAH-PASMCsにおけるミトコンドリアエネルギー代謝障害、細胞内グルタチオンの減少とこれに伴うNADPHオキシダーゼ由来の酸化ストレス充進が引き起こされることを示した。

既存薬3,336種からなる化合物ライブラリーに対するハイスループットスクリーニングによってSeP 抑制化合物サンギナリンを見出し、サンギナリンがPAH-PASMCsの増殖を抑制し、複数の肺高血圧モデル動物に対して肺高血圧抑制、右心機能改善、運動耐用能改善効果を有することを示した。これらの知見よりSePの新規バイオマーカーとしての可能性と新規治療ターゲットとしての可能性が同時に示された。



内藤 亮 (千葉大学大学院医学研究院 呼吸器内科学)

「炎症性肺血管病変としての慢性血栓塞栓性肺高血圧症」

研究要旨

慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)の病態形成に炎症機序の関与が示唆されているが、本邦からのデータは限定されている。われわれは炎症蛋白であるペントラキシン3が患者血漿中で上昇していることを明らかにし、また器質化血栓中に肝細胞増殖因子を高発現し強い血管新生能をもつ血管内皮細胞が存在することを明らかにした。これらはCTEPHにおける肺血管病変に炎症病態が関与することを示唆した。さらに欧州との国際共同研究により、患者背景や炎症の程度が欧州と本邦で異なることを明らかにし、炎症レベルが疾患phenotypeにも関与している可能性を示した。現在炎症機序がCTEPHの発症及び進行に関与する機序の解明を進め、炎症的側面からの新たな早期診断法やphenotype分類、内科的治療の確立を目指している。