肺高血圧症の病態の解明、診断能と治療成績の向上、および治療指針の確立をはかり、貢献することを目的として活動を行っております

本学会について


2020年度 日本肺高血圧・肺循環学会「学会奨励賞」臨床研究賞 受賞者

2020年度「学会奨励賞」臨床研究賞 受賞者および受賞研究題目(五十音順)

加藤 将(かとう まさる)(北海道大学病院内科II)

「膠原病性肺動脈性肺高血圧症における特異的な臨床像の解析および早期診断、治療、評価法に関する研究」

研究要旨

膠原病性肺動脈性肺高血圧症(CTD-PAH)はPAHの中でもとりわけ予後の悪い疾患である。そこでCTD-PAHの予後を改善すべくこれまで研究を行ってきた。


まずCTD患者におけるPAHのスクリーニングに着目した。現在のところ、積極的なスクリーニングによる早期診断、早期治療介入が強皮症性肺動脈性肺高血圧症(SSc-PAH)の予後を改善させる上で最も有効な手段であることが示されている。一方で、DETECT algorithmをはじめとする現在のSSc-PAHスクリーニングアルゴリズムの問題点として偽陽性が多いことが指摘されている。そこで、PAHの新たなバイオマーカーを探索し、それをスクリーニングに応用することで、スクリーニングアルゴリズムの特異度を向上させることを図った。病理学的観点からPAHは肺における微小血管障害を伴っていることが示唆されること、従来からPAHでは尿酸やビリルビンといった溶血に関連する血清マーカーの上昇が指摘されていたこと、以上2点より、溶血の最も鋭敏なマーカーであるハプトグロビンに着目し、血清ハプトグロビン値と肺動脈圧が負の相関関係にあることを示した(Nakamura H, Kato M, et al. Medicine (Baltimore) 2017)。さらに、血清ハプトグロビン値をSSc-PAHのスクリーニングに応用することで、スクリーニングアルゴリズムの特異度が向上することを示した(Nakamura H, Kato M, et al. Clin Exp Rheumatol 2018)。


また、2018年第6回World Symposium on Pulmonary Hypertensionで提唱された肺高血圧症の定義改定(平均肺動脈圧(mPAP)>20 mmHg)を踏まえ、mPAP>20 mmHgを予測する新しいアルゴリズムの作成を目指した。その結果、努力肺活量(FVC)/一酸化炭素肺拡散能力(DLco)比が早期・軽症のSSc-PAH(20<mPAP<25 mmHg)に対しても高い予測能を有することを見出し、BNPや心エコーといった他のマーカーよりもFVC/DLcoにより重きを置くことで、mPAP>20 mmHgを効率よく予測できることを示した(Ninagawa K, Kato M, et al. Rheumatol Int 2019)。


次に、CTD-PAHに特異的な心病変をとらえるべく、比較的新しいモダリティである心臓MRIを用い解析を行った。SSc-PAHの予後が悪い原因の1つとして、他のPAHと比較して、肺動脈圧が低いにもかかわらず心負荷(血中NT-proBNP値の上昇など)が大きいことが指摘されている。これらの背景から、肺動脈圧上昇に伴う右室の後負荷とは独立した心病変がSSc-PAHにおいて示唆される。病理学的にもSSc-PAHでは特発性PAHと比較し右室の線維化が強いことが示されている。そこで所属施設のCTD-PAHコホート(n = 40)において右心カテーテルおよび心臓MRIのデータを治療前後で比較した。心臓MRIのパラメーターの1つである右室/左室拡張末期容積比(RVEDV/LVEDV)が治療にもかかわらず増悪(上昇)した例が3例認められ、3例全例がSSc-PAHであり、3例中2例が死亡した。さらに特筆すべき点として、3例中2例においてmPAP、肺血管抵抗がともに改善していた(Noguchi A, Kato M, et al. Mod Rheumatol 2017)。以上の結果より、肺循環動態の改善だけでなく、心機能の改善がSSc-PAHの予後改善に不可欠である。


さらに、心臓MRIによる心機能評価の簡便化を図り、RVEDV/LVEDVより簡便でかつ高い再現性をもって測定できる右室拡張末期径(RVEDD)に着目した。RVEDDの増加がSSc-PAH患者の予後と強く相関することを示し(Abe N, Kato M, et al. Rheumatology (Oxford) 2020)、心臓MRIによるSSc-PAHの心機能評価がより広く普及していく上での基盤となるデータである。


最後に、これまでの業績の一部を引用し、CTD-PAHの疫学、病態、予後、早期診断、治療、免疫抑制療法の役割、早期・軽症例(20<mPAP<25 mmHg)への対応、間質性肺疾患合併例への対応を記し議論した総説を発表した(Kato M, et al. Eur J Clin Invest 2018)。この総説はEuropean Journal of Clinical Investigation Top Downloaded Article 2017-2018に選出され、CTD-PAH診療の指南として世界中で広く閲読されている。



須田 理香(すだ りか)(千葉大学大学院医学研究院 呼吸器内科学)

「組織低酸素を防ぐための肺高血圧症酸素療法に関する検討」

研究要旨

肺高血圧症に対する酸素療法は広く用いられているが、肺高血圧症での研究データは乏しい。欧州呼吸器学会・心臓病学会の肺高血圧症ガイドライン(Eur Heart J 2016;37:67-119)や英国胸部学会の在宅酸素療法ガイドライン(Thorax 2015;70 Suppl 1:i1-43)では慢性閉塞性肺疾患のデータを参考に、動脈血酸素分圧(PaO2) 60mmHg未満での酸素療法が強く推奨されているが、エビデンスレベルはいずれも低い。そこで組織低酸素を防ぐための動脈血酸素分圧こそを酸素療法の導入基準にするべきと考え、1,500件以上の右心カテーテル検査結果を用いて、肺高血圧症患者における予後因子でもあり組織低酸素の指標でもある混合静脈血酸素分圧(PvO2)とPaO2の関係の検討を行った。その結果、低心係数(CI < 2.5 L/min/m2)の肺高血圧症例において、従来のPaO2 60mmHgを目標とする酸素療法では組織低酸素(PvO2 < 35 mmHg)をきたす可能性が示唆された。(Respirology 2020;25:97-103.)


100%酸素投与下のPaO2とPvO2の関係 1. 平均肺動脈圧高値、心係数低値、動脈血酸素分圧低値はPvO2低値に独立して影響を与える
 以下の式から混合静脈血酸素飽和度(SvO2)を改善させるためには、動脈血酸素飽和度(SaO2)、心拍出量(CO)、ヘモグロビン(Hb)のいずれかを改善、または酸素摂取量(VO2)を低下させることが必要であることがわかる。

 VO2 = CO x 動脈血酸素含量較差(CaO2-CvO2
    = CO x 1.34 x Hb x (SaO2-SvO2) + 0.003 x (PaO2-PvO2)
    ≒ CO x 1.34 x Hb x (SaO2-SvO2)
 SvO2 ≒ SaO2-VO2 / CO x 1.34 x Hb


100%酸素投与後もPvO2が35mmHg未満である超低PvO2群18例とその他の899例を比較すると、VO2とHbには差がなく、超低PvO2群でCOとPaO2が有意に低値であった。また、超低PvO2群では平均肺動脈圧(mPAP)も有意に高値であった。これらの結果をもとに多変量解析を行い、mPAP高値、CI低値、PaO2低値は低PvO2に独立して影響を与える因子であることが明らかになった。


2. 平均肺動脈圧高値よりも、心係数低値が組織低酸素を引き起こす
 次に、平均肺動脈圧(mPAP)と心係数(CI)どちらがより組織低酸素に寄与しているかを検討するために、1571件の右心カテーテル検査結果を用いて、mPAP 25 mmHg未満、25-40 mmHg、40mmHgより高値、CI 2.5 L/min/m2以上と未満で6群に分けてPaO2とPvO2の関係を検討した。いずれの群もPaO2とPvO2には強い相関を認め、各群で回帰直線からPvO2 35 mmHgに相当するPaO2を算出した。


上の図のように、CI低値の群のmPAP 25-40 mmHgと40 mmHgより高い群では、PvO2 35 mmHgに相当する推定PaO2値はそれぞれ70.2 mmHg、85.6 mmHgと著明に高く、CI低値の肺高血圧症例では、PaO2 60 mmHgと一見酸素化が保たれていても、組織低酸素状態であることが示唆された。一方で、 CIが保たれている群では、mPAP高値の群でもPvO2 35mmHgに相当する推定PaO2値は61.5 mmHgと現在の海外のガイドラインで推奨されている酸素療法導入基準とほぼ同じ値であった。


肺動脈性肺高血圧症例310件、慢性血栓塞栓性肺高血圧症例709件、呼吸器疾患症例318件のサブ解析でも同様に、心係数低値例では、PaO2 60 mmHgであっても、組織低酸素状態であることが示唆された。


これらの結果から、低心係数の肺高血圧症症例においては、海外ガイドライン推奨でもあり、臨床現場で実際に用いられることが多いPaO2 60 mmHgの酸素療法導入基準を見直す必要性があると考えられた。


以上の結果は、膨大な右心カテーテル検査のデータを用いてエビデンスの乏しい肺高血圧症症例の酸素療法の問題点を明らかにしたものであり、肺高血圧症に対する在宅酸素療法導入においてPaO2の制限を定めていない本邦ではすぐに臨床現場で実践可能なだけでなく、本邦から海外へエビデンスを発信していく礎になるものと考えられる。


また、CTEPHの病態に関する臨床研究を継続しており、肺拡散能は内科治療患者の独立した予後因子であること、肺拡散能がCTEPHの微小血管障害を反映している可能性を報告した(Respirology. 2017;22:179-186)。さらにCTEPH血中の血管内皮前駆細胞が病態防御的に作用している可能性を示した(Int J Cardiol. 2020 Jan 15;299:263-270)。CTEPHの低酸素を引き起こす因子の検討、呼吸器疾患合併例での肺高血圧症特異的患者報告アウトカムemPHasis-10の検討など、呼吸器内科医の視点から見た肺高血圧症の臨床研究に精力的に取り組んでいる。




平出貴裕(ひらいで たかひろ)(慶應義塾大学医学部 循環器内科)

「日本人特有のゲノム変異に基づく肺動脈性肺高血圧症の病態解明と新規疾患概念の提唱」

研究要旨

肺動脈性肺高血圧症(pulmonary arterial hypertension; PAH)は生命予後不良の難治性稀少疾患であるが、発症メカニズムの多くは不明であり、根本的な治療法に乏しい。PAHのより正確で早期の診断や臨機応変な個別化医療の実現のため、発症原因となる潜在的な遺伝的要因の探索が重要である。


慶應義塾大学の研究チームは、PAHの病態解明に向けた取り組みとして国内最大規模のサンプルバンクの構築を行い、全エクソーム解析などの遺伝子解析による病態把握で大きな成果を上げてきた。そのような研究の流れの中で、内胚葉分化や血管形成に重要な転写因子であるSOX17の遺伝子変異を有する肺動脈性肺高血圧症患者と、PAH患者におけるSOX17遺伝子変異の集積部位を報告した。また複数の難治性血管病に共通した遺伝子変異が、PAHにおいても有意に頻度が高く、PAHの新規発症原因候補遺伝子として報告した。これらの研究結果として、SOX17遺伝子変異を有する患者の臨床像を解析し、遺伝子変異の有無でPAHの予後が異なることを解明した。これらの実績は、難病循環器疾患における病態解明と、根治療法の開発に大きく貢献できるものと確信する。



 ①肺高血圧症の国内最大サンプルバンクの構築と運営
慶應義塾大学の研究チームは、複数の肺高血圧症診療拠点病院と連携し、単一民族としては世界最大級の約400名の肺高血圧症サンプルバンクを有しており、DNA、RNA、血清に分離して保管している。本サンプルバンクはPAH発症患者のみならず、未発症の家族員の検体も収集しており、PAH発症に関わる遺伝学的背景やエピジェネティックな修飾因子を家族解析で検証可能である。現在約350例の全エクソーム解析を終えており、今後はマイクロRNAやプロテオミクス解析を進行する予定であり、これは世界最大規模のOmics解析である。


②PAHの新規発症原因候補遺伝子の報告、及び遺伝子変異を有する患者の臨床像と予後の違いについて報告
次世代シークエンサーを用いた全エクソーム解析をPAH患者からのDNA150検体で実施した。既知の遺伝子変異が見つからず原因不明とされていた症例(特発性PAH)の約10%で、発症の背景または感受性に関与する共通した遺伝子変異(RNF213 R4810K)を有することを解明した(Suzuki H, Kataoka M, Hiraide T, et al. Circ Genom Precis Med. IF=4.9)。この遺伝子変異を有するPAH患者は肺血管拡張薬を多剤併用しても治療抵抗性であり、生命予後が不良であった(Hiraide T, et al. J Heart Lung Transplant. IF=8.6)。治療抵抗性のある症例では早期の肺移植登録が必要であり、遺伝子学的背景に基づいた治療法選択の重要性が示唆された研究成果である。この遺伝子変異による全身性血管病の発症機序の解明及び治療ターゲットの検索が今後の課題である。被推薦者はCRISPR-Cas9システムを用いた遺伝子編集技術を用いて、RNF213 R4810K変異を有するマウスを作製し、変異陽性マウスは低酸素環境下で野生型マウスと比較して有意に重症なPAHを呈していた(論文投稿中)。ヒトのPAHサンプルバンクデータと、専門性の高い基礎研究技術の両者が必要な本研究は、PAHの根治療法開発に向けて重要な位置づけを担っている。


③RNF213関連血管病という新規疾患概念の提唱
RNF213 R4810K変異はPAH以外にも、もやもや病や末梢性肺動脈狭窄症との関連性が報告されていれている。複数の難治性血管病において共通する遺伝子変異であり、RNF213 R4810K変異によって発症制御される全身難治性血管病の存在が示唆され、RNF213関連血管病という新規疾患概念を提唱した(論文投稿中)。被推薦者はマウスを用いて全身血管病発症メカニズムの解明を行っており、臓器別の発現パターンの違いから、難治性血管病に対する新規治療法の開発が期待される研究である。


④SOX17遺伝子変異を有するPAH患者の臨床像と遺伝子変異の集積部位の同定
日本人PAH患者150人において全エクソーム解析を施行し、4人のSOX17変異陽性患者を同定し、いずれも肺血管拡張薬への治療抵抗性を認めたことを報告した。また既存の報告と併せ、SOX17のうちDNA結合部位に変異が集積していた(Hiraide T, et al. Am J Respir Crit Care Med. IF=15.2)。集積部位は新規治療ターゲットとなるため有用な知見である。




2020年度 日本肺高血圧・肺循環学会「学会奨励賞」基礎研究賞 受賞者

2020年度「学会奨励賞」基礎研究賞 受賞者および受賞研究題目(五十音順)

黒澤 亮(くろさわ りょう)東北大学大学院医学系研究科 循環器内科学

「化合物スクリーニングによる新規肺高血圧症治療薬Celastramycinの発見」

研究要旨

肺動脈性肺高血圧症(PAH)は, 肺動脈平滑筋細胞(PASMC)の異常増殖とアポトーシス抵抗性が特徴である。血管拡張薬による多剤併用療法だけでは救えないPAH患者も多く, 新規治療薬の開発が望まれる。創薬機構は2006年に設立され,スクリーニング研究を担当する東北大学を含む全国7大学と,合成担当機関としての9大学から構成されている。


われわれは, 東北大学に設置された創薬機構の化合物ライブラリーと創薬機器を使用し,PAHに対する新規薬剤の開発を目指した。東京大学創薬機構,東北大学薬学研究科,東北メディカルメガバンクとの共同研究により,東北大学に存在する独自の化合物ライブラリー5562種類を用いハイスループットスクリーニングを実施した。


PAH患者由来の異常な増殖性を示す肺動脈血管平滑筋細胞を用いて,細胞の増殖抑制を指標として治療薬候補の探索を行い,患者由来の細胞を濃度依存性に増殖抑制し,健常者由来の細胞には影響の小さい化合物としてベンゾイルピロール系の化合物であるセラストラマイシンを発見した。さらに,25種類の類似化合物の中からより有効性の高いリード化合物を選出した。セラストラマイシンが細胞増殖抑制にどのように作用するか解析したところ,Hypoxia- inducible factor 1α,nuclear factor-κBの抑制,Nuclear Factor Erythroid 2- related factor 2(Nrf-2)の活性化を通した抗炎症作用,酸化ストレス抑制作用,ミトコンドリア機能改善作用があることを発見し,これらの結果として患者由来肺動脈平滑筋細胞の異常増殖を抑制することを明らかにした。また,セラストラマイシンは酸化ストレスに応答するタンパク質Keap1を抑制することで,その下流にあるNrf2タンパク質を強力に活性化し,優れた酸化ストレス抑制効果を示すことが確認された。さらに,セラストラマイシンの結合分子の一つであるzinc finger protein C3H1 domain-containing protein(ZFC3H1)をノックアウト, 過剰発現させる実験により,セラストラマイシンはZFC3H1の抑制を介して患者由来肺動脈平滑筋細胞に作用していることが示唆された。セラストラマイシンを低酸素誘発肺高血圧症マウス,モノクロタリン誘発肺高血圧症ラット,低酸素/SU5416誘発肺高血圧症ラットに投与することで,肺高血圧が顕著に改善される治療効果を確認した。


以上から, 化合物スクリーニングによりPAH患者由来肺動脈平滑筋細胞の細胞増殖を抑制する化合物を発見し,さらに肺高血圧症モデル動物でその治療効果が得られた。肺動脈血管平滑筋細胞の異常増殖を治療標的とした,全く新しい切り口の治療薬の開発につながることが期待される。これらの結果は, Circulation Research誌に2019年に掲載された。




西村 倫太郎(にしむら りんたろう)千葉大学大学院医学研究院 呼吸器内科学

「肺高血圧症モデルにおける肺血管内皮細胞の増殖能・形質転換の解析」

研究要旨

傷害を受けた肺血管内皮細胞(PVECs)は組織常在性血管内皮前駆細胞(EPCs: endothelial progenitor cells)が中心となって修復再生が起こり、この前駆細胞には由来が異なる二種類の細胞が存在する。一つは循環血中骨髄由来、もう一つは肺組織常在性のEPCsである。しかし、傷害を受けた肺血管内皮細胞の修復再生において、どちらの細胞群が優位に関与しているかは不明であったため、申請者らは急性肺損傷と肺高血圧症(低酸素性肺高血圧症)のモデルマウスを用いて、肺血管内皮細胞の修復再生に優位に関与している細胞群を明らかにする研究を行った。その結果、肺血管内皮細胞の修復再生は、主に肺組織常在性EPCsの活性化により起こることを証明し、肺血管内皮細胞の修復再生機序の一部を明らかにして、論文報告した(Am J Physiol Lung Cell Mol Physiol 2015, Am J Respir Cell Mol Biol 2015)。


次に申請者らは、傷害を受け細胞死を免れた肺血管内皮細胞の形質転換に着目し、急性肺損傷でEndMTを来した細胞には二種類存在することを示した(図1)。そのうちの一つである内皮細胞の特徴を部分的に残したまま間葉転換したpartial EndMTによって、内皮前駆細胞様の機能を獲得し、傷害修復に関与することを証明した(Am J Physiol Lung Cell Mol Physiol 2016)。またpartial EndMTを呈する細胞は骨髄由来ではなく、肺組織常在性の血管内皮細胞由来であり、先の結果と合わせて肺血管内皮細胞の修復再生機序の一端が明らかになった。


慢性低酸素曝露(Hypo)モデルでは肺血管の内膜変化に乏しく、中・外膜の変化も可逆的であるが、Sugen5416(VEGF受容体拮抗薬)+ 低酸素暴露(Su/Hypo)モデルでは内膜病変を認め肺高血圧も顕著であり、現時点ではPAH病態に最も近いモデルである。申請者らはHypoマウスの解析に続き、さらにSu/HypoマウスにおけるPVECsの増殖能・形質変化を解析し、内膜、中膜それぞれにおける肺血管リモデリング形成機序を明らかにすることを目指している。


Hypoマウスの肺を摘出し、細胞分散後に多重染色(CD31, CD45, CD326, SMA, Vimentin, CD34, CD133, BrdU, TNF-α, IL-10, etc)を行った。フローサイトメトリー(FCM)によりPVECs(CD31+CD45―細胞と定義)を含めた各種肺構成細胞の割合、発現マーカーを解析したところ(図2)、曝露7日目でのPVECsの著明な増殖能亢進を確認し、Su/Hypoモデルでも増殖亢進の程度・タイミングは同様であった(図3)。


この増殖能の亢進したPVECsではCD34やCD133等の幹細胞マーカーの発現が高率であり、磁気ビーズ法により単離したPVECsの血管新生能亢進と合わせ血管内皮前駆細胞(EPCs)の関与が示唆された。同細胞群の起源を同定するため、骨髄細胞にGFPが発現したキメラマウスにて解析を行い、両モデルで増殖傾向にあるPVECsはGFP陰性であったことから、組織常在性の細胞由来であることも共通していた。


一方、平滑筋細胞マーカーであるSMAが陽性となるPVECsをEndMT細胞と定義しFCMにて定量化すると、 Su/HypoマウスではEndMT細胞を持続的に認め、Hypoマウスでは僅かに認めるのみであったことから、EndMTがPAHの内膜病変形成に関与することが示唆された(図4)。このEndMT細胞のBrdU陽性率は28.7%(SMA-PVECs: 11.4%)と著しく上昇しており、CD133, c-kitの陽性率も高値であった(図5)。さらにin vitroにおいて、Su/Hypo刺激はEndMTを誘導し、内皮細胞マーカーと間葉系細胞マーカーが共に維持される傾向にあったが、Su/Hypo刺激を加えたPVECsのtube formationはcontrolと比較し抑制された。


両モデルで、PVECsの増殖能亢進や組織常在性EPCsの関連を示唆する所見は共通していたが、発現する細胞マーカー・EndMTに差を認めた。Su/HypoマウスにおけるEndMTは増殖能や前駆細胞性を亢進させる一方で、内皮細胞の機能障害を伴っている可能性が示された。PAHに特徴的な内膜病変形成には形質変化に伴うangiogenesisが関与することが示唆された。