肺高血圧症の病態の解明、診断能と治療成績の向上、および治療指針の確立をはかり、貢献することを目的として活動を行っております

本学会について


2023年度 日本肺高血圧・肺循環学会「学会奨励賞」基礎研究賞 受賞者

2023年度「学会奨励賞」基礎研究賞 受賞者および受賞研究題目

伊藤 章吾(久留米大学 心臓・血管内科)

「補体C3-D因子-C3a受容体のシグナル経路は右室不全における心臓リモデリングを制御する」

研究要旨

背景

心血管疾患は世界中で主要な死因となっているが、機能予後を改善させる治療法は限られている。その理由は右室不全に対する治療法の開発が不十分であるからと考える。なぜなら、心不全に右室不全が合併すると左室不全治療薬の量を減量せねばならず、うっ血の悪化をもたらす。さらに、肺高血圧症や先天性心疾患などの右室負荷をもたらす疾患も予後不良である。そこで我々は、右室特異的な生化学的な特徴を見つけ出し、右室不全特異的な治療法が開発できると考えた。


結果

①網羅的遺伝子発現解析…マイクロアレイによる網羅的mRNA発現解析で、右室で補体D因子(Cfd)が20倍以上高発現していた。Cfdは補体C3を加水分解しC3aを産生する。右室にあるCfdの働きによって右室局所でC3aが多く産生されると考えられたが、C3aの心筋細胞に対する役割は未知であった。


②in vitro解析…ラット培養心筋細胞を用いた実験で、C3aリコンビナントタンパクを添加するとERK、JNKなどのMAPキナーゼのリン酸化を引き起こした。


③in vitro解析…肺動脈結紮による右室不全マウスモデルを作製した。野生型マウスではPAC2週後において、Cfd-C3a受容体の発現量が上昇した。次にC3KOマウスにPACを行うと、右室不全の表現系がみられなかった。また、薬剤での右室不全進展抑制効果を検討する目的で、野生型マウスにPACの翌日からC3a受容体アンタゴニストを投与したところ、右室不全が生じなかった。さらに、PAC後の右室由来単離心筋細胞単位でのカルシウム過負荷の解析を行ったところ、C3-Cfd-C3a受容体経路の阻害によってカルシウム過負荷の各種パラメータが改善した。


④肺高血圧患者血清を用いた解析…肺高血圧患者血清の補体C3とCfdの定量化をELISAを用いて行い、実臨床データとの相関を調べたところ、血清Cfd値と肺動脈圧が正相関したが、C3値との相関はなかった。肺高血圧症が重症であればあるほど右室負荷によってCfd値が上昇することが示され、マウスの実験と同様の結果と考えられた。


結論

右室に高発現しているCfdは右室不全の時に更に発現が上昇し、C3-Cfd-C3a受容体経路を活性化することで右室不全の病態を形成し、これらの阻害によって右室不全が改善することを見出した。ヒトにおいても肺高血圧症が重症であればCfdが上昇しており、C3-Cfd-C3a経路の阻害が右室保護的に作用する可能性が示された。(Ito S, et al. Nat Commun 2022; 13: 5409.)




正木豪(地方独立行政法人 りんくう総合医療センター 循環器内科/国立研究開発法人 国立循環器病研究センター 血管生理学部)

「芳香族炭化水素受容体は肺動脈性肺高血圧症の病態形成の鍵を握る」

研究要旨

肺動脈性肺高血圧症(PAH)の発症には遺伝的素因だけでなく、環境要因としての炎症、感染、薬物・毒物曝露などの外的刺激が重要と考えられている。我々は、重症PHモデルであるSuHxラット作製に使用されるSU5416がVEGFR2阻害作用以外に、芳香族炭化水素受容体(Aryl hydrocarbon receptor: AHR)の強力なアゴニスト活性を有するとの報告に着目した。PAH患者では健常者に比して血清AHR活性化能が有意に高く、軽症より重症患者で高く、PAH重症度を反映していた。また、AHR活性化能の高い患者群は低い群に比して、臨床イベント(死亡・肺移植・心不全(右心不全)入院)が有意に多く観察され、PAHの予後予測因子となる可能性が示唆された。Sprague-Dawleyラットを用いた検討では、AHRアゴニストであるFICZの皮下投与と低酸素負荷は叢状病変様の血管病変を伴う重症PHを誘導した。一方、AHRアゴニスト活性を有さないVEGFR2阻害剤の場合には誘導されなかった。そこで、Ahr欠損ラットを作製し、SuHxモデルで検討すると、Ahr欠損ラットではPH病態はほぼ完全に抑制された。即ち、SuHxラットにおけるPH発症・重症化には、そのメカニズムとして提唱されているVEGFR2阻害作用よりもむしろAHR活性化が重要であることが示された。さらにAHRの活性化が青黛誘発性PAHの原因であることも示唆した。AHR依存性のPH形成メカニズムとしては、ヒト及びラットの免疫組織学的解析、RNA-seq解析、ChIP-seq解析および骨髄移植実験等から、肺血管内皮細胞と骨髄由来細胞のAHRが活性化し、血管内皮細胞でAHRにより直接的にEndothelin-1遺伝子等が発現誘導されること、CD4+IL-21+ T細胞やMRC1+マクロファージが病変部位へ集簇することが重要であることが示唆された。


AHRは体内外に存在する種々の芳香族炭化水素化合物をアゴニストとすることから、環境因子とPAH病態を結びつける重要な介在分子であり、炎症シグナルを惹起することでPAHを発症・重症化させると考えられた。また、血清のAHR活性化能の測定がPAHの予後を予測するバイオマーカーとなり、AHRや関連分子の阻害剤がPAHの治療薬として有望であることが示唆された(PNAS. 2021)。




守山 英則(東京歯科大学市川総合病院 循環器内科)

「肺血管リモデリングを制御する機能性脂質の探索と病態解明」

研究要旨

肺動脈性肺高血圧症は原因不明に肺小動脈が狭窄する難病で、肺血管リモデリングによって病態が進展するが、その機序は未だ十分に解明されていない。また、肺血管拡張薬に代わるより強力な治療標的としてリモデリングに作用する治療薬の開発が喫緊の課題となっている。近年の脂質代謝物の詳細な解析で、生理活性脂質の中には、炎症を惹起するだけではなく、生体保護的な抗炎症作用を持ち恒常性維持に寄与する脂質が存在することが明らかになってきた。本研究では、肺高血圧症の肺組織中に病態を制御する未知の機能性脂質が存在するのではないかと仮説を立て、新規機能性脂質の探索と病態制御メカニズムの解明を行った。


まず、低酸素暴露肺高血圧モデルマウスを作成し、肺組織中の脂肪酸代謝物の網羅的リピドミクス解析を行った。ω-3脂肪酸代謝物に注目すると、低酸素暴露によりエポキシ化ω-3脂肪酸(17,18-EpETE、19,20-EpDPE)の顕著な低下が観察された。エポキシ体は3印環エーテルと呼ばれる特徴的な構造を有し強い生理活性を持つことで知られる。また、エポキシ化ω-3脂肪酸を膜リン脂質から切り出す酵素(ホスホリパーゼ)として、TypeⅡ platelet activating factor acetylhydrolase (PAF-AH2)が知られている。PAF-AH2欠損マウスの肺組織中エポキシ化ω-3脂肪酸量を測定すると、野生型に比し有意な低下を認めていた。また肺組織中PAF-AH2発現量は低酸素暴露により低下しており、エポキシ化ω-3脂肪酸の動態と一致していた。そこで、PAF-AH2欠損マウスでの肺高血圧の表現型解析を行った。低酸素暴露PAF-AH2欠損マウスでは、肺血管リモデリングを伴った肺高血圧・右心不全の増悪が確認され、死亡率も有意に上昇した。以上より、PAF-AH2およびエポキシ化ω-3脂肪酸は肺高血圧症の病態進展に関与する重要な因子であると示唆された。


PAF-AH2は肥満細胞マーカー(Tryptase)に一致して高発現していた。そこで、肥満細胞欠損マウス(Kit W-sh/W-sh)に骨髄由来培養肥満細胞を移植し、肥満細胞特異的PAF-AH2欠損マウスを作成した。同様に肺高血圧の表現型を評価すると、肥満細胞特異的PAF-AH2欠損マウスにおいても、有意な肺高血圧の悪化を認めた。以上より、肥満細胞由来のエポキシ化ω-3脂肪酸が、肺血管リモデリングの制御に保護的に寄与している可能性が示唆された。


続いて、PAF-AH2-エポキシ化ω-3脂肪酸による肺血管リモデリング制御の機序解明を行った。元来肥満細胞は活性化し脱顆粒を引き起こすことで、肺高血圧の病態進展に寄与することが報告されているが、低酸素暴露によるPAF-AH2欠損肥満細胞の脱顆粒能は、野生型と有意な差異を認めなかった。そこで、エポキシ化ω-3脂肪酸のパラクライン作用を検証した。低酸素暴露PAF-AH2欠損マウス肺では線維化が顕著であったことから、エポキシ化ω-3脂肪酸の作用点として肺線維芽細胞に注目した。PAF-AH2欠損培養肥満細胞の培養上清の添加は、肺線維芽細胞の増殖能を亢進させたが、エポキシ化ω-3脂肪酸の追加補充投与によってキャンセルされた。さらにエポキシ化ω-3脂肪酸の補充により、肺線維芽細胞のTGF-βシグナル(Smad2)が抑制され、その異常な活性化が制御されることが明らかとなった。


エポキシ化ω-3脂肪酸をマウスに添加した際に肺高血圧が改善するかを検証した。低酸素暴露した野生型、PAF-AH2欠損マウスのいずれにおいても、19,20-EpDPEの連日腹腔内投与は肺高血圧を改善させた。同様にSugen低酸素モデルでも肺高血圧の改善を認めた。以上より、エポキシ化ω-3脂肪酸の補充投与は治療薬としても有望な可能性が示唆された。


最後にヒト肺高血圧症患者におけるPAF-AH2の関与を検証した。262人の肺動脈性肺高血圧症患者の全エクソーム解析データから、PAF-AH2変異を有する患者を探索した結果、病原性が高い2つの変異R85CおよびQ184Rを同定した。これらの変異により蛋白立体構造が不安定化し分解されることで、十分な蛋白量を維持できないことも明らかとなった。


以上より、肺高血圧症における肺血管リモデリングの制御機構として、肥満細胞からPAF-AH2により産生されるエポキシ化ω-3脂肪酸が肺線維芽細胞の異常な活性化を抑制する、という新規メカニズムが明らかとなった(Nat Commun. 2022)。




2023年度 日本肺高血圧・肺循環学会「学会奨励賞」臨床研究賞 受賞者

2023年度「学会奨励賞」臨床礎研究賞 受賞者および受賞研究題目(五十音順)

浅野 遼太郎(国立循環器病研究センター 肺循環科)

「肺高血圧症患者における右室線維化の非侵襲的検出方法の開発」

研究要旨

肺高血圧症は、肺動脈圧上昇に伴う右室後負荷増大によって右心不全をきたす難病である。根本的には肺血管の疾患であるが、右心機能が強い予後規定因子であり、右心機能の正確な評価が肺高血圧症診療において不可欠である(J Am Coll Cardiol. 2011;58:2511-9)。しかし、右室特有の形態や収縮様式のために、右心機能やその予備能を評価することは容易ではない。私は、心臓MRI検査を用いて右室の機能評価、組織性状評価を詳細に解析し、肺高血圧症の非侵襲的な診断法確立や右心不全病態の解明を目指して研究を行なっている。


①バルーン肺動脈形成術(BPA)後も残存する右心機能低下とその予測因子の発見

慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)患者61例に対してBPAを施行し、術前と術後3ヶ月、12ヶ月後に心臓MRI検査による右室容積解析を行い、血行動態改善に伴う右心機能の推移を観察した。その結果、BPAにより肺動脈圧低下が得られても、4割以上の患者では右心機能低下が残存し、労作時症状が残存していることがわかった。またBPA前の心電図QRS幅が、BPA後に残存する右心機能低下を予測する簡便で有用な指標であることを見出した。最後に、CTEPH患者11例の剖検心の病理学的解析によって、QRS幅が右室線維化程度と強く相関することを明らかにした(Asano, et al. Int J Caridol. 2019;280:176-181)。即ち、右室心筋障害が進行した患者では、血行動態が改善しても右心機能低下は正常化しないが、心電図QRS幅は右室心筋障害の程度を間接的に反映する有用な指標と考えられた。


②肺動脈性肺高血圧症患者(PAH)の右室心筋障害を定量化するNative T1 mapping法の確立

肺高血圧症患者において、心電図QRS幅は右室組織性状を反映する簡便なマーカーと考えられたが、脚ブロックでは過大評価してしまう点、左室伝導障害も反映してしまう点などから、より右室特異的な正確で定量性の高いモダリティ開発が必要と考えた。そこで、心臓MRI検査の新規手法であるT1マッピング法を改良し、右室心筋評価法を独自に開発した。MR装置の静磁場内では、組織は性状を反映した固有のT1値を持っており、そのT1値を計測することで組織性状が評価可能であるが、右室自由壁は薄く複雑な肉柱構造を持つため左室評価法では評価困難であった。そこで右室収縮期に運動補正を併用することで、特に右室下壁において右室心筋組織のT1マップが作成され、遅延造影法で検出困難なびまん性線維化も検出可能となった。この方法を用いて、PAH患者30例、健常者16例の右室T1値を測定した結果、PAH患者では右室T1値が有意に上昇(図AB. 1385±75 ms vs. 1226±54 ms, p<0.001)し、右室T1値は右室収縮能と負に、BNP値と正に相関していた(図C. RVEF: R=−0.420, p=0.023; Ees- rv_i: R=−0.539, p=0.003; BNP: R=0.654, p<0.001)。さらに進行する右心機能低下を予測(図D)でき、血行動態などとも独立した予後予測因子(図E)であることを明らかにした(Asano et al. PLoS One. 2021;16:e0260456.)。また、右心不全で死亡したPAH患者の生前のT1マップと剖検心の病理学的線維化解析の対比から、T1値が上昇した部位では線維化率が高いことが確認され、右室T1値測定は妥当と考えている(論文投稿中)。これらの結果は第4回日本肺高血圧・肺循環学会学術集会で発表した。


以上のように、私は国立循環器病研究センター病院で肺高血圧症における右心機能評価法の開発に取り組んできた。これらの研究成果は、実際に国立循環器病研究センター病院の肺高血圧診療や心不全診療などでも利用され、患者の治療方針決定の一助となっている。現在、私は国立循環器病研究センター研究所(血管生理学部・中岡部長ら)と共同して、ゲノム研究や動物実験や分子生物学的実験など基礎研究にも従事している。肺高血圧症の病態解明を目指し日々研究に邁進しており、2022年には臨床検体集積や臨床的な解析で貢献した研究が、Circulation誌に掲載された(Yaku A, et al. Circulation. 2022;146:1006-1022.)。




夜久 愛(Division of Cardiology, Department of Medicine, Northwestern University Feinberg School of Medicine, Chicago, USA)

「慢性炎症による肺動脈性肺高血圧症の病態形成機構の解明」

研究要旨

肺動脈性肺高血圧症(Pulmonary Arterial Hypertension: PAH)の発症・進展過程に炎症性サイトカインを介した慢性的な炎症が関与することが報告されているが、詳細な機序は不明である。免疫細胞の活性化や炎症を抑えるブレーキとしての働きをもつRegnase-1分子に着目した。Regnase-1は、Interleukin (IL)-1βやIL-6などの炎症性サイトカインをはじめとした、免疫細胞活性化に関連するタンパク質をコードするmRNAを分解する酵素として機能する(Matsushita K, Takeuchi O, et al. Nature. 2009)。本研究では、Regnase-1が炎症を抑制することでPAH病態を制御しているという仮説を立て、以下のような方法を用いて研究を行った。


①膠原病性PAH病態におけるRegnase-1の関与

肺高血圧症患者と健常者の末梢血単核球(PBMC)におけるRegase-1遺伝子発現量を比較した。その結果、肺高血圧症患者ではRegnase-1発現量が健常者と比べて低下していることが明らかになった(図1A)。次に、Regnase-1の発現量によって肺高血圧症患者を2群に分けると、Regnase-1発現量が低い群の方が高い群と比較して疾患の予後が悪いということが分かった(図1B)。これらの結果よりヒト肺高血圧症の病態にRegnase-1が関与している可能性が考えられた。そこで、肺高血圧症のサブグループである膠原病性PAH患者に関して詳細に検討したところ、Regnase-1発現量と平均肺動脈圧や6分間歩行距離が負に相関しており、Regnase-1が肺高血圧症、特に膠原病性PAHの病態に関与することが示唆された。


②膠原病性PAHの新規モデルの作製に成功

PAH病態への関与が示唆されている炎症性サイトカインは、主に骨髄系細胞で分泌されることから骨髄系細胞特異的Regnase-1欠損マウス2系統(CD11c-CreもしくはLysM-Cre/ Regnase-1 flox)を作製したところ、両系統のマウスがPAHを自然発症した。また、これまでマウスモデルで再現することが困難とされていた、重症PAH患者でみられる肺動脈の叢状病変を呈していた。さらに、膠原病患者に合併することの多い、肺静脈閉塞症や心臓の線維化も合併しており、膠原病性重症PAHの新規モデルマウスになりうると考えられた(図3)。


③Regnase-1によるPAH制御機構を解明

上記2系統のマウスに共通する点は、肺胞マクロファージ(AMΦ)におけるRegnase-1欠損であるため、AMΦにおけるRegnase-1欠損がPAH病態を引き起こしている可能性が示唆された。そこで、クロドロン酸を経気道投与することによりAMΦを除去したところ、Regnase-1欠損マウスのPAH病態の改善を認めた。この結果より、AMΦに発現するRegnase-1がPAH病態を負に制御することが明らかとなった。次に、Regnase-1欠損マウスから単離したAMΦと肺動脈のtranscriptome解析を組み合わせて解析することで、Regnase-1欠損AMΦがどのような因子を介して肺動脈構成細胞の異常な増殖を引き起こしているのかを検討した。そして、同定された因子の中からRegnase-1によって直接制御される遺伝子を抽出した。その結果、IL-1b, IL-6, Platelet-derived growth factor (PDGF)などの遺伝子がRegnase-1によって分解制御されることが明らかになった。そこで、Regnase-1欠損マウスを用いて、これら因子を阻害する実験をしたところ、IL-6やPDGFを阻害することでPAH病態の改善がみられた。


以上の結果より、AMΦにおけるRegnase-1がIL-6, PDGFのmRNA分解を介してPAH病態を負に制御していることを明らかにした (図4)。本研究は、RNA分解による炎症の制御と、AMΦによるIL-6, PDGFを介した肺動脈リモデリング機構という新しい2つの切り口でPAH病態の一端を示したものである。重症PAHや膠原病性PAHの病態が明らかになり、既存の血管拡張薬と異なる機序を標的にした治療薬の開発につながることが期待される。これらの結果は、Circulation誌に2022年に掲載された。




山崎 誘三(九州大学大学院 医学研究院 臨床放射線科学分野)

「最新画像診断手法を用いたCTEPH診断法、評価法の開発」

研究要旨

肺高血圧症では、慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)の検出のための肺換気・血流シンチグラフィ、肺疾患・シャント疾患の検出のための造影CT、右心機能評価のための心臓MRIといった形で、診断・重症度評価において、放射線科学的検査が大きく関わっている。右心カテーテル検査が必須であることは間違いないが、より簡便、より非侵襲的な手法の開発を目指すことは、患者負担を減らすだけでなく、新たな知見を得ていく上でも重要なことである。申請者はこれまでの研究で一貫して、放射線医学的アプローチを用いた右心不全の病態の解明やCTEPHの非侵襲的診断方法の開発を研究テーマとしてきた。


胸部X線動態撮影を用いたCTEPH検出法の開発

CTEPHは、急性肺塞栓症後に発症しうる予後不良な合併症であるが、症状が非特異的であることや、約25%は明らかな肺塞栓症の既往がないままに発症するため、確定診断が遅れることが多く(症状発現から診断確定までの時間の中央値は14ヵ月)[Eur Heart J. 2016; 37: 67-119.]、予後不良の一因になっている。その一因として、診断に重要な肺換気・血流シンチグラフィの使用頻度が低いことが挙げられている。[Eur J Nucl Med Mol Imaging. 2019;46(12):2429-2451.] これには大型で高価な装置であることや検査の専門性の高さ、検査へのアクセスの悪さが関与している。[Pulmonary Circulation 2021; 11(2) 1–12]。


胸部X線動態撮影は、単純X線撮影と同様の装置を用い、7-10秒の息止め の間に胸部の連続X線画像を撮影する医療技術である。連続X線画像の肺内のX線透過性の経時的変化を評価することで、造影剤や放射性核種を用いることなく、簡便に肺血流を評価できる。被曝量も肺換気・血流シンチグラフィの10分の1程度で検査可能である。本手法がCTEPH診療に有用である可能性があることは、申請者がCase reportとして多数報告していた。[Yamasaki Y et al. Eur Heart J. 2020;41(26):2506., Yamasaki Y et al. Am J Respir Crit Care Med. 2021;204(11):1336-1337.] 申請者らはさらに研究開発を進め、動画像から肺塞栓症を示唆する血流分布異常を検出し、同時に撮影した胸部単純X線写真内の肺野異常所見を合わせて判断することで、肺塞栓症の診断を行うシステムを、世界で初めて開発した。肺高血圧症症例からCTEPH検出における有用性を検証したところ、放射線科専門医の読影は肺換気・血流シンチグラフィとほぼ同等の結果を示すことが確認され、胸部X線動態撮影システムがCTEPH を高精度に検出する簡便かつ低被曝な医療機器となる可能性があることを証明した。[Yamasaki Y et al. Radiology. 2022 Online ahead of print. doi: 10.1148/radiol.220908.] 今後、胸部X線動態撮影システムの CTEPH 検出能を評価する多施設共同・医師主導治験を当院循環器内科と共同で予定しており、その有用性がさらに明らかになれば、より多くの症例でCTEPHの早期診断が可能となり、早期治療介入、予後改善につながることが期待される。また、本システムは急性肺塞栓症にも応用できる可能性があることをすでに報告しており [Yamasaki Y et al. Eur Heart J Cardiovasc Imaging. 2022;23(6):e264-e265., Yamasaki Y et al. Radiol Cardiothorac Imaging. 2022;4(4):e220086.]、急性肺塞栓症の新たな診断装置としての可能性を現在検討している。胸部X線動態撮影は日本発の画像技術で、現在世界中に普及が進んでいるところであり、世界に先駆けた研究を行っている。


MRIを用いた心室間同期不全、右房機能低下の評価

心臓MRIは死角がなく、空間・時間分解能が高く、解剖学的に複雑な右室を正確に描出可能という利点があり、時に右心カテーテルによる圧評価よりも予後予測に寄与するという報告もあることから [J Am Coll Cardiol 2011;58:2511–9]、肺高血圧症診療では右心機能評価の重要な検査として位置付けられている。CTEPHではBPA治療後に右心機能が改善することが報告されていたが [Eur Respir J. 2014;43(5):1394-402.]、心室間同期不全や右房機能がどう影響しているかは未解決であった。


申請者はTagging MRI法によるStrain解析を用いて、治療前後での心室間の収縮タイミングのずれ(心室間同期不全:interventricular dyssynchrony)を評価した。CTEPHでは、バルーン肺動脈形成術(BPA)前後で心室間同期不全が優位に改善していることを明らかにし、かつその改善が左室拡張末期容積の増加や一回拍出量の増加と強い相関があることを報告した。これにより、右室の収縮遅延が改善され、左室の拡張早期の心室内充満(LV diastolic early filling)への障害がなくなることが心拍出量を増加させる機序の一つとなっていることが、初めて証明された。[Yamasaki Y, et al. Int J Cardiovasc Imaging. 2017;33(2):229-239.]


また、新たな解析手法であるFeature tracking MRIによるStrain解析を右房へ応用し、治療前後の右房機能を評価した。CTEPHでは右房のReservoir機能、Conduit機能が低下しており、それがBPAによって改善すること、さらに右房容積と独立して、BNPやPVRなどの指標と相関することを世界で初めて報告した。[Yamasaki Y, et al. Eur Heart J Cardiovasc Imaging. 2020;21(8):855-862.] 本報告にはEditorialが付き(Irene M. Langによる)、右房strain評価が右室couplingの新たなマーカーとなりうると紹介された。


MRIを用いた右室3D strainや右室評価AIの開発

MRIを用いた3D strain解析法を開発し、2D解析よりも治療効果をより正確に予測できることを報告した。[Eur Radiol. 2019;29(9):4583-4592.]


AIを用いたより正確かつautomaticなMRI右心機能評価、strain解析法を開発し、報告した。[MAGMA. 2022;35(6):911-921]


ともに今後、社会実装、臨床応用が期待されている。