肺高血圧症の病態の解明、診断能と治療成績の向上、および治療指針の確立をはかり、貢献することを目的として活動を行っております

本学会について


2024年度 日本肺高血圧・肺循環学会「学会奨励賞」基礎研究賞 受賞者

2024年度「学会奨励賞」基礎研究賞 受賞者および受賞研究題目(五十音順)

礒部 更紗(国際医療福祉大学 循環器内科)

「FOFX1の低下は、DNA損傷による血管内皮細胞の修復異常と肺高血圧症に関連する」

研究要旨

1.背景及び目的

肺高血圧症の血管では、肺動脈(PA)血管内皮細胞(EC)や平滑筋細胞の機能異常とDNA損傷の蓄積が認められている。肺高血圧症の原因遺伝子であるBMPR2はゲノムの安定性とDNA修復に関連することが示されている。内皮特異的にBmpr2が欠損したマウス(EC-Bmpr2-/-)に、3週間の低酸素後4週間の再酸素化によって酸化ストレスを誘導すると肺高血圧症を呈した。これらの所見は、BMPR2 がDNA修復におけるメカニズムと、ECの恒常性を維持する遺伝子発現に重要な役割を担っていることを示しているが、ECにおけるDNA損傷がどのような遺伝子発現の変化を引き起こし、肺高血圧症(PAH)の発症に関与しているのかは不明である。


2.結果

再酸素化後に肺高血圧症が持続する EC-Bmpr2-/-マウスでは、PAECのDNA損傷が蓄積しており、PAECのBMPR2の低下はDNA損傷に関連していた。次に、DNA修復のセンサーとして働いているAtaxia telangiectasia mutated (Atm) をEC特異的に欠損させたマウス (EC-Atm-/-) を用いると、EC-Bmpr2-/-マウスと同様に再酸素後EC-Atm-/-マウスはPAHを呈し、PAECのDNA損傷が蓄積していた。以上よりDNA損傷と肺高血圧症が関連していることが示された。

DNA損傷と肺高血圧症がどのようなメカニズムで関連しているのかを調べるために、再酸素化後のEC-Bmpr2-/-、EC-Atm-/- マウス及びコントロールマウスの肺から、酵素処理とmagnetic beadsによってPAECを取り出しRNAシークエンスを行った。EC-Bmpr2-/-及びEC-Atm-/- マウスのPAECでは共通して血管内皮の再生に関連するAngiogenesisに重要な遺伝子やPAHの原因遺伝子として知られているVegfr2 (Kdr), Acvrl1, Eng, Smad9などの遺伝子、さらに肺血管内皮細胞特異的に高発現している転写因子Foxf1も共通して低下していた。Foxf1は、p53の下流シグナルとして働き、Fanconi proteinと複合体を形成し、DNA損傷に応答することが報告されている。また、転写因子としてVegfr2 (Kdr)や Acvrl1遺伝子の発現を上昇させ、ECの機能を回復させることが報告されている。Single cell RNAシークエンスでは、Foxf1及びその下流の遺伝子であるVegfr2の発現もすべての血管内皮細胞のsubtypeで低下していることを確認した。免疫染色では、FOXF1は正常人では肺血管内皮細胞に発現しているが、PAH患者での病変部位では低下していた。ヒトPAEC における FOXF1ノックダウン及びPAH PAEC における過剰発現の実験によってFOXF1はAngiogenesisを改善させ、DNA 損傷を改善させた。 そこで、EC-Bmpr2-/- マウスの再酸素化中のPAECへの Foxf1の遺伝子治療がPAHを改善するかを調べるために、肺血管内皮細胞特異的に感染するAAVを用いてFoxf1をPAECへ送達した。Foxf1の遺伝子治療は、DNA 損傷の修復、正常な肺動脈の再生に必要なAngiogenesis遺伝子の回復、および肺高血圧症の改善をもたらした。


3.結論

 BMPR2の低下と酸化ストレスはFOXF1の低下をおこし、それは修復されないDNA損傷と、血管内皮細胞の傷害後の再生の低下に関係していることを示した。肺 EC でのFOXF1の正常レベルの回復は、DNA損傷の改善及び肺血管内皮細胞の修復をもたらした。以上の結果は、Isobe et al. Nature Communications 2023に掲載された。(右図は上記論文より引用)


稲垣 薫克(国立循環器病研究センター・血管生理学部)

「CD4陽性細胞におけるIL-6/gp130シグナルによるPAH病態形成と新規治療法開発」

研究要旨

肺動脈性肺高血圧症(Pulmonary arterial hypertension: PAH)は肺動脈に狭窄や閉塞を生じて、肺動脈圧の上昇から右心不全を来す予後不良の厚生労働省指定難病である。近年の血管拡張薬の開発により予後は改善しつつあるが、治療不応性の症例は未だに予後が不良であり、特に膠原病性PAHは予後不良で治療に難渋する。PAHの発症・進展過程に炎症性サイトカインを介した慢性的な炎症が関与することが報告されているが、詳細な機序は不明のままである。申請者らはこれまでに、低酸素性肺高血圧(HPH)マウスモデルを用いて、肺動脈におけるIL-6シグナル阻害がPAH病態形成を抑制することを示してきた(Hashimoto-Kataoka et al. PNAS.112(20):E2677-86, 2015.)。HPHマウスモデルは比較的軽度から中等度のPAHモデルであるため、重症PAHモデルにおける炎症シグナルの関与については不明のままであった。


重症のPHマウスモデルを開発するために、申請者らは、全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus: SLE)動物モデルの誘導で報告されていた鉱物油の成分プリスタンをマウスに投与して4週間後から低酸素(10%酸素)曝露を4週間することで、HPHより肺高血圧症の表現型が有意に増悪する SLE-PAH(PriHx)モデルの作成に成功した(図1。提出論文3)。PriHxモデルの肺では炎症関連遺伝子(Il6, Cxcl2など)や線維化関連遺伝子(Tgfb1, Ctgfなど)の発現が亢進し、肺損傷が顕著であった。このPriHxモデルマウスに対し、IL-6シグナルを阻害することにより、PAH病態が有意に改善することを明らかにした。


図1.SLE動物モデル作成に用いられるPristaneをマウスに投与し、低酸素負荷することによりPAHが重症化するが、IL-6シグナルを阻害することによりPAH病態が有意に改善する。


また、免疫細胞の活性化や炎症を抑えるブレーキとしての働きをもつRegnase-1分子に着目して、Regnase-1を骨髄系細胞特異的に欠損させたマウス(Reg1f/f; CD11c-Cre+)がPAHを自然発症し、肺動脈の叢状病変を呈することを明らかにした2)。さらに、Reg1f/f; CD11c-Cre+マウスは、膠原病患者に合併することの多い、肺静脈閉塞症や心臓の線維化も合併しており、膠原病性重症PAHの新規モデルマウスになりうると考えられた。申請者らは、この重症CTD-PAHマウスモデルにおいても、IL-6シグナルを阻害することによりPAH病態が有意に改善することを明らかにした(図2。提出論文2)。


図2.Regnase-1を骨髄球特異的に欠損させたマウスに対し、IL-6シグナルを阻害することによりPAH病態が有意に改善する。


次に、重症PAHモデルとして広く使われているSu5416/Hypoxia(SuHx)ラットモデルの系で、IL-6シグナル阻害が有効かを明らかにするため、CRISPR-Cas9の系でIL-6欠損ラットを作成してPHモデルの解析を行った。その結果、IL-6欠損ラットでは、HPHモデル、モノクロタリン誘発PHモデル、およびSuHxモデルの何れのモデルにおいても、PH病態が有意に改善されることを見出した(図3。提出論文1)。


図3.肺高血圧症ラットモデルにおけるIL-6欠損による肺高血圧症病態の有意な抑制


PAH病態形成に関与するIL-6シグナルを受容する細胞を明らかにするために、IL-6受容体の1つであるgp130のfloxマウスと細胞特異的Creマウスを交配して、細胞特異的なIL-6シグナル欠損マウスを作成して、HPHモデルの検討を行った。その結果、血管内皮細胞(VECad-CreERT2)や血管平滑筋細胞(SMMHC- CreERT2)でgp130を欠損させた場合ではPH病態の改善はみとめられないが、CD4陽性細胞(CD4-Cre)でgp130を欠損させた場合において、有意なPH病態抑制効果がみとめられ、低酸素モデルの肺で増加するTh17細胞も有意に減少することが明らかとなった(図4。提出論文1)。


図4.gp130 f/f; CD4 Creマウスでは低酸素によるPH病態が有意に抑制され、肺のTh17も有意に減少する


次に、SuHxモデルの重症肺血管病変における免疫染色を行ったところ、興味深いことに、肺血管病変周囲に集簇する免疫細胞のCD4陽性細胞において、IL-6シグナルの下流で活性化するリン酸化STAT3との共染像が野生型ラットで得られたが、IL-6欠損ラットでは炎症細胞の集簇が著明に減少し、リン酸化STAT3陽性細胞もみとめられなかった。さらに、SuHxラットモデルの肺からCD4陽性細胞を単離してRNAseq解析を行った結果、SuHxモデルの肺ではIL-6シグナル依存的にTh17細胞分化が亢進していることが明らかとなった(図5。提出論文1)。本研究により、CD4陽性細胞におけるIL-6シグナルはPHの病態形成において中心的な役割を有することが示唆された。以上の結果から、IL-6阻害は治療に難渋する重症PAHや膠原病性PAHに対して、新規の有効な治療法となる可能性が示唆された。


図5

1) Inagaki T*, Ishibashi T*, Okazawa M, Yamagisihi A, Ohta-Ogo K, Asano R, Masaki T, Kotani Y, Ding X, Chikaishi-Kirino T, Maedera N, Shirai M, Hatakeyama K, Kubota Y, Kishimoto T#, Nakaoka Y#. IL-6/gp130 signaling in CD4+ T cells drives the pathogenesis of pulmonary hypertension. Proc Natl Acad Sci U S A. 2024 Apr 16;121(16):e2315123121. (*equal contribution, #co-correspondence)

2) Yaku A, Inagaki T, Asano R, Okazawa M, Mori H, Sato A, Hia F, Masaki T, Manabe Y, Ishibashi T, Vandenbon A, Nakatsuka Y, Akaki K, Yoshinaga M, Uehata T, Mino T, Ishibashi-Ueda H, Morinobu A, Tsujimura T, Ogo T, Nakaoka Y*, Takeuchi O*. Regnase-1 prevents pulmonary arterial hypertension via mRNA degradation of Interleukin-6 and Platelet-Derived Growth Factor in alveolar macrophages. Circulation. 2022 Sep 27;146(13):1006-1022 (*equal contribution, *co-correspondence)

3) Mori H, Ishibashi T, Inagaki T, Okazawa M, Masaki T, Asano R, Manabe Y, Ohta-Ogo K, Narazaki M, Ishibashi-Ueda H, Kumanogoh A, Nakaoka Y. Pristane/hypoxia (PriHx) mouse as a novel model of pulmonary hypertension reflecting inflammation and fibrosis. Circ J. 2020;84(7):1163–1172.



中西 直彦(京都府立医科大学 循環器内科)

「肺高血圧症に対するCaveolin-Cavinシステムの包括的機能解析による発症機序解明と新規治療法探索」

研究要旨

肺動脈性肺高血圧症(PAH)の発症にはTGF-β/BMPスーパーファミリーを中心とした遺伝子変異が重要であるが、それらとは異なる遺伝子変異も存在し、カベオラ構成タンパクであるCaveolin-1(CAV1)もその一つである。カベオラは細胞膜上に存在する直径50-100nmの小さな窪み状の構造物で、受容体やイオンチャンネルなどが局在し細胞内輸送や細胞情報伝達の起点となっている。カベオラ関連タンパクであるcaveolinとcavinは複合体を形成しながらカベオラの構造や機能を制御している(図1)。カベオラにはTGF-β/BMPスーパーファミリーの受容体も存在し、PAH発症・進展におけるカベオラおよびその関連タンパクの重要性が示唆されるが、これまでCAV1以外のカベオラ関連タンパクとPAHに関する研究はほとんど行われていなかった。


図1.カベオラの構造とCavinファミリー


そこで我々は、以前に自ら単離・同定したカベオラ関連タンパクMURC/Cavin-4とPAHの関係について探索を行った。Cavin-4は筋細胞特異的に発現するカベオラ関連タンパクであり、肺では血管平滑筋細胞に特異的に発現している。CAV1/マウスは常酸素下でもPAHを発症するが、Cavin-4/マウスは発症しなかったため低酸素暴露肺高血圧モデルを作成し検討したところ、全身Cavin-4/マウスでは肺高血圧が減弱することが明らかとなった。これは平滑筋特異的Cavin-4/マウスでも同様であった。ヒト肺動脈血管平滑筋細胞のCavin-4をノックダウンすると増殖能・遊走能が低下することも明らかとなり、さらにCavin-4はG タンパクの一つであるGα13とCAV1の結合に競合阻害することにより、Gα13/p115RhoGEF/RhoA/ROCKシグナルを介して肺動脈血管平滑筋細胞の増殖・遊走を制御しているという新たな肺高血圧症の発症・進展メカニズムを発見した(図2。提出論文1)。Cavin-4は、肺高血圧症においてCAV1の機能を抑制する方向に働いており、PAHの進展に寄与している可能性を示唆する発見であった。


図2.Cavin-4による肺動脈血管平滑筋細胞におけるRho/ROCKシグナル制御


Cavin-2は肺で豊富に発現がみられ特に血管内皮細胞で強く発現しており、PAH患者の血管内皮幹細胞ではCavin-2が減少していることも明らかになっている。また、Cavin-2/マウスでは肺動脈血管内皮細胞のカベオラ数減少がみられる。そこで、我々はCavin-4と同様にCavin-2に関しても検討を行った。その結果、Cavin-4とは逆にCavin-2/マウスでは低酸素暴露肺高血圧症が増悪することを見出した。細胞実験により、Cavin-2は複合体形成を介してCAV1の量を維持しており、Cavin-2が減少するとCAV1減少からeNOSの過剰なリン酸化を引き起こし、生じた過剰なNOはPKGを含むタンパク質のニトロ化を引き起こすことを明らかにした(図3。提出論文2)。


図3.Cavin-2欠損は肺高血圧症を増悪させる


上記2つの研究により、我々はCavin-4、Cavin-2の肺高血圧症での役割をCAV1と関連付けて明らかにしたが、CAV1はPAHの遺伝子異常として最も頻度の高いBMPR2と密接に関係していることが報告されている。そこで、我々はBMPR2とカベオラ関連タンパクとの関連についても検討を行った。CAV1/マウスから単離培養した肺動脈血管内皮細胞ではBMP/Smadシグナル伝達が抑制されていることを見出した。ヒト肺動脈血管内皮細胞でCAV1ノックダウンを行うとBMPR2の細胞膜への局在が減少し、BMP/Smadシグナル伝達も抑制されることが明らかになった。ヒト肺動脈血管内皮細胞に対する低酸素刺激でもBMPR2の細胞膜への局在は減少していた。さらに詳細な検討を加えた結果、この局在変化にはカベオラ関連タンパクCavin-1が関与することが明らかとなった。Cavin-1とBMPR2はともにCAV1のscaffolding domain (CSD) と結合しており、Cavin-1はBMPR2とCAV1との結合に競合阻害することによってBMPR2の細胞膜への局在を減少させ、結果Smadシグナルが低下するという新規メカニズムを見出した。この結果はマウスモデルでも実証され、Cavin-1ノックダウンマウスはCAV1ノックダウンによる肺高血圧症を改善させた(図4。提出論文3)。


図4. Cavin-1によるCaveolin-1とBMPR2の結合調節とPAH進展メカニズム


我々の研究により、様々なカベオラ関連タンパクが複合的に関与するCaveolin-CavinシステムがPAHの進展に関わっていることが明らかとなった。これらの知見はPAHの発症・進展機序の理解を大きく拡張するものであり、PAH患者の予後改善につながる肺動脈のリバースリモデリングを目的とする治療法の開発に大きく寄与する可能性を秘めている。

1) Nakanishi N, Ogata T, Naito D, Miyagawa K, Taniguchi T, Hamaoka T, Maruyama N, Kasahara T, Nishi M, Matoba S, Ueyama T. MURC deficiency in smooth muscle attenuates pulmonary hypertension. Nat Commun. 2016;7:12417.

2) Kasahara T, Ogata T, Nakanishi N, Tomita S, Higuchi Y, Maruyama N, Hamaoka T, Matoba S. Cavin-2 loss exacerbates hypoxia-induced pulmonary hypertension with excessive eNOS phosphorylation and protein nitration. Heliyon. 2023 Jun 11;9(6):e17193.

3) Tomita S, Nakanishi N, Ogata T, Higuchi Y, Sakamoto A, Tsuji Y, Suga T, Matoba S. The Cavin-1/Caveolin-1 interaction attenuates BMP/Smad signaling in pulmonary hypertension by interfering with BMPR2/Caveolin-1 binding. Commun Biol. 2024 Jan 5;7(1):40.




2024年度 日本肺高血圧・肺循環学会「学会奨励賞」臨床研究賞 受賞者

2024年度「学会奨励賞」臨床研究賞 受賞者および受賞研究題目(五十音順)

栢分 秀直(京都大学医学部附属病院 呼吸器外科)

「肺高血圧に対する生体肺移植および脳死肺移植の治療成績」

研究要旨

重篤な肺高血圧患者の救命手段として肺移植があるが、他の肺疾患に対する肺移植に比べて肺高血圧に対する肺移植は周術期リスクが高く慎重な術後管理が必要であることが知られている。また肺高血圧症に対する肺移植は、世界では脳死両肺移植が標準術式である。しかし、脳死ドナー不足が深刻な本邦では、生体肺移植も重要な術式となっている。一般に、成人に対する両側生体肺移植では2人のドナーから1肺葉ずつを提供していただき、2肺葉を左右の肺としてそれぞれ移植するが、左右全葉を移植する脳死両肺移植に比し移植肺が比較的小さく、血管床も少ないところが、特に肺高血圧に対する生体肺移植においては大きな障壁となる。また逆に体格の小さな小児症例に対しては、物理的なグラフトサイズの問題から、1人のドナーから一つの肺葉を提供していただいて移植する生体片肺移植も行われている。本邦ではこのように様々な術式が肺高血圧に対して施行されているため、肺高血圧に対する肺移植の治療成績・効果について当科では研究を行ってきた。


肺高血圧患者の拡大した肺動脈径は肺移植後に縮小する

一般に肺移植を受けるような肺高血圧患者の主肺動脈径は拡大している。しかし、肺移植によっては肺高血圧が改善された場合に主肺動脈径が縮小するかどうかは明らかではなかった。一般に肺高血圧に対する肺移植において主肺動脈を修復することはほとんどないが、肺動脈が瘤状になっている場合は修復を行う場合もある[Yokoyama Y, et al. Ann Thorac Surg 2014;97:e149. Oda H, et al. Ann Thorac Surg 2020;109:e183-e185.]。主肺動脈修復を伴わない肺移植に関しては、肺高血圧患者と非肺高血圧患者の主肺動脈径にどのような変化があるかを術前に右心カテーテル検査を施行された68症例(肺高血圧症例36例、非肺高血圧症例32例)において検討した[Kayawake H, et al. Surg Today 2020;50:275-283.]。

主肺動脈径は右心カテーテルでの平均肺動脈圧と有意に相関していた(r=0.423, p < 0.001)。肺高血圧患者の主肺動脈径は非肺高血圧の主肺動脈径より有意に大きかった(平均32.4 mm vs 28.3 mm, p=0.005)。しかし、術後3か月の時点で肺高血圧患者の主肺動脈径は平均26.9 mmとなり有意に縮小していた(p < 0.001)。一方で非肺高血圧患者の変化はわずかであり(平均26.4 mm)、2群間に有意差は生じなくなった(p=0.641)。また術後1年の段階でもこの傾向は維持された。肺高血圧患者の拡大した主肺動脈は術後早期に縮小することが明らかとなり、多くの症例では主肺動脈の修復は不要であることが示された。


生体肺移植は肺高血圧患者救命の有効な手段である

先述の通り、生体肺移植では脳死肺移植に比しグラフトサイズが小さく、肺血管床も小さくなる。そのため、生体肺移植では脳死肺移植に比し、術後の左心不全、肺水腫の発生がより多いのではないかと懸念される。肺高血圧に対する生体肺移植と脳死肺移植の治療成績を直接比較した研究はないため、当院での成績について比較を行った[Kayawake H, et al. Eur J Cardiothorac Surg 2023;63:ezad024.]。

二次性肺高血圧症患者を除いた肺高血圧患者34症例(生体肺移植12例、脳死肺移植22例)につき、その治療成績について検討した。術前状態としては、生体肺移植患者の方が有意に悪い状態であった(歩行不可の頻度、WHO class 4の頻度が高く[ともにp < 0.001]、平均肺動脈圧も有意に高かった[74.4 vs 57.3 mmHg, p=0.040])。このような背景があり、また移植されるグラフトサイズは脳死肺移植の方が明らかに大きいのにも関わらず(サイズマッチ:64.5% vs 96.6%, p < 0.001)、周術期死亡率は生体肺移植と脳死肺移植で特に有意差なく(8.3% vs 9.1%, p>0.99)術後ICU滞在期間や術後人工呼吸器使用期間にも有意差を認めなかった(それぞれ中央値で20日 vs 18.5日,p=0.503、および24.5日 vs 18.5日, p=0.493)。また遠隔期成績でも5年全生存率が生体肺移植群で90.9%、脳死肺移植群で76.3%と遜色ない結果であった(p=0.489)。術前後に右心カテーテルが施行できた27例(生体肺移植8例、脳死肺移植19例)においても、全例術後に肺高血圧が改善されていた。


図1

一方で、Grade 3の原発性移植肺機能不全が術後72時間以内に生じた割合は生体肺移植で66.7%、脳死肺移植で77.3%と高く、また術後に体外式膜型人工肺によりサポートも2割以上の症例で必要であったため、良好な術後成績を得るためには慎重な術後管理が必要であることも併せて明らかとなった。


今後も肺高血圧患者に対する肺移植成績向上のためさらなる研究と臨床上の工夫を行っていきたい。



佐藤 大樹(東北大学病院 循環器内科)

「Group 2 PH におけるNOシグナルを中心とした肺血管機能の重要性」

研究要旨

応募者は臨床・基礎の両面から肺血管機能に関する研究に行ってきた。
2018年から米国ピッツバーグ大学に留学し、「運動誘発性肺高血圧症の新規モデルの確立」を題目としてHFpEFにおける肺血管機能を解析する基礎研究を行い、Circulation誌(Satoh T, et al. Circulation. 24;144(8):615-637, 2021)に報告した。左室駆出率が保持された心不全患者(HFpEF)では、運動時に肺高血圧を呈することが多く、最新の欧州ガイドラインでも運動誘発性肺高血圧症と定義され、近年の肺高血圧症研究のトピックである。今日まで、運動誘発性肺高血圧症の動物モデルが存在せず、その病態は未解明であった。特に動物実験においては運動時の血行動態の評価が困難であったが、応募者は、ポリエチレンチューブの形状を調整することにより、ラットに対して長期的カテーテル留置を可能とし、HFpEFラットにおいて、運動時に肺高血圧症がみられることを発見した。またHFpEF患者に合併することの多いメタボリックシンドロームが、ミトコンドリア酸化ストレスを増加させ、H3K9 アセチル化、miR 193b、NFYAを介し、血管拡張において中心的な役割を担う可溶性グアニル酸シクラーゼ(soluble guanylate cyclase: sGC)を低下させることを発見した。このsGCの低下が肺動脈機能障害を惹起し、運動誘発性肺高血圧症の発症に関与することを明らかにした。 本研究発表により、米国心臓病学会のCournand & Comroe Early Career Investigator Awardで最優秀賞を受賞した。


Gladwin教授の研究室に留学中に、臨床研究の観点からも肺動脈の機能に関して研究を行い、「心臓血管外科手術の周術期における一酸化窒素の肺循環動態維持における重要性」(Satoh T, et al. Am J Respir Crit Care Med. 198(10):1244-1246, 2018)について報告した。周術期の体外循環で引き起こされる血管内溶血が酸化ストレスを生じ、腎臓などの臓器障害を引き起こすが、これをNO吸入ガスにより緩和することができる可能性をまとめた。


2021年からは東北大学病院 循環器内科に戻り、基礎研究に加え、肺高血圧症の臨床研究を精力的に行っている。


今日まで、Group 2 PHに対してはエンドセリン受容体拮抗薬、ホスホジエステラーゼ5(phosphodiesterase, PDE)阻害薬、可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC, soluble guanylate cyclase) 刺激薬など肺血管拡張薬の導入は、一定した治療成績が得られず、欧州、本邦ともにガイドラインでは適応がない。近年、Victroia試験において、HFrEF症例に対してsGC刺激薬であるVericiguatの有効性が示されたものの、その位置づけは未確立であった。このようなことから、肺血管拡張作用のある薬剤は一律に導入するのではなく、症例ごとにその適応を評価することが必要と考えられた。


応募者は、Group 2 PH症例ごとの肺血管機能に着目し、NO吸入負荷試験を行った症例の反応を後ろ向きに解析し、その意義をESC Heart Failure誌(Satoh T, et al. ESC heart fail. 10(6):3592-3603, 2023)にまとめた。NO吸入を使用した急性肺血管反応性試験は、本来、特発性肺動脈性肺高血圧症(IPAH)においてCa受容体拮抗薬による治療効果を予測する目的で施行される。陽性基準は、平均肺動脈圧が10mmHg 以上減少して40 mmHg 以下になり,かつ心拍出量が増加,または変わらない、ことであるが、陽性基準に該当する症例は、現代の肺血管拡張薬に対する反応も良好である可能性が高いと考えられている。


Group 2 PHの症例に対してNO吸入負荷検査を行った解析では、肺血管抵抗の低下により圧負荷が右心系から左心系へシフトし、左心系に予備能がない場合には肺動脈楔入圧が上昇する症例がみられた。そのような症例は心血管死、心不全再入院などの割合が高く予後が不良であった。NO吸入負荷試験による肺動脈楔入圧の上昇は各症例の心予備能を示唆し、予後の予測因子となることを明らかにし報告した(Satoh T, et al. ESC heart fail. 10(6):3592-3603, 2023)。この現象は、肺血管拡張薬に対する忍容性とも考えることができ、更なる研究により肺血管拡張薬の適切な導入方法の確立につながることが期待される。


更に、応募者は日本肺高血圧・肺循環学会と連携したJAPAN PH registry (JAPHR)のGroup 2 PHを担当する研究責任施設事務局として活動している。同レジストリーは、肺高血圧症・心不全に専門性を有する全国16施設による前向き多施設共同研究であり、肺血管抵抗が高いGroup 2 PH症例の特徴を解析する本邦初の試みである。2024年には中間報告をまとめる予定である。




田村 祐大(国際医療福祉大学三田病院 心臓血管センター)

「Adult-onset idiopathic peripheral pulmonary artery stenosis」

研究要旨

研究の背景

近年、世界的に慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)に対するカテーテル治療(BPA)が増加しており、その中でも本邦は早期からBPAを開始しており世界をリードしている。この背景もあって本邦では積極的に肺動脈造影検査が施行されており、CTEPHとは異なる疾患の肺高血圧症が指摘されるようになった。その中の1つとして、先天性疾患を背景に持たずに成人期に症候が出現する成人発症型の末梢性肺動脈狭窄症(PPS)がある。先天性風疹症候群やWilliams症候群等の先天性症候群を背景とした小児のPPSはよく知られているが、この成人発症で先天性疾患を伴わない特発性のPPSの臨床的特徴は確立されておらず、10例ほどの症例をまとめたケースシリーズが最大規模である。そこで本研究では成人発症型PPSの臨床背景、検査・画像所見、治療、予後のデータを収集し、臨床的特徴を確立することを目的とした。


本研究の方法

厚生労働省研究班、関連学会の支援を受けて全国調査を行い、肺高血圧症を診療する専門施設から成人発症PPS患者の臨床データを後ろ向きに収集した。15歳以上の患者を対象とし、CTEPHや高安動脈炎と診断された患者は除外した。PPS診断で従来の報告で必ず用いられてきた肺動脈造影検査は全例で施行され、肺動脈の狭窄病変が存在することを確認した。併せて患者背景、検査・画像所見、治療内容、右心カテーテル検査所見、長期予後を収集し、解析を行なった。専門施設初診時と最終フォローアップの右心カテーテル検査で得られたデータの比較も行った。


研究結果

20施設から成人発症PPS患者44例(診断時年齢中央値:39歳[Q1-Q3:29-57歳]、女性29名[65.9%])が登録された。PPSの診断から最終フォローアップまでの期間の中央値は60ヶ月(Q1-Q3:24-114ヶ月)であった。8例(18.2%)でもやもや病を併存していた。確定診断のための肺動脈造影検査では区域肺動脈および末梢肺動脈の狭窄がそれぞれ42例(93.3%)、37例(81.1%)で観察され狭窄病変の局在的特徴が明らかになった。また肺動脈のtortuosityは、19例(43.2%)で認められたユニークな所見であった。35名(79.5%)が肺動脈性肺高血圧症(PAH)に特異的な薬剤の治療を受け、26例(59.0%)は併用療法を受けた。25例(56.8%)の患者が経皮的カテーテル治療を受けた。右心カテーテル検査の結果、ベースラインから最終フォローアップまでで、平均肺動脈圧(44 vs 40mmHg、p < 0.001)と肺血管抵抗(760 vs 514 dyn・sec・cm-5、p < 0.001)はともに改善を認めた。成人発症PPS患者の3年、5年、10年生存率は、それぞれ97.5%(95%信頼区間[CI]:83.5-99.6)、89.0%(95%CI:68.9-96.4)、67.0%(95%CI:41.4-83.3)であった。


Tamura Y, et al. Eur Respir J. 2023; 62(6): 2300763. doi: 10.1183/13993003.00763-2023.


考察

成人発症型PPSの背景や画像検査所見、治療、予後についての解析を行なうことで、成人発症型PPSには背景にもやもや病を持つ症例が一定数存在すること、肺動脈造影検査では区域肺動脈以下の狭窄が多い、肺動脈の蛇行が多い、経皮的カテーテル治療と肺血管拡張薬の併用が多く行われている、これらの治療で予後が良いことが示された。
もやもや病の疾患感受性遺伝子とされるring finger protein 213 (RNF213) 遺伝子と、もやもや病における肺動脈狭窄との関連が近年報告されており、2023年にはPPSとRNF213遺伝子との関連も本邦から報告された(Eur Respir J. 2023 Dec 21;62(6):2301511)。本研究でも成人発症型PPS患者の22.7%にもやもや病や線維筋異形成の併存を認めた。成人発症PPS患者の多くは区域肺動脈と末梢性肺動脈の狭窄を呈し、半数近くで肺動脈のtortuosityなどの画像的特徴が明らかとなった。またベースラインの肺動脈圧の上昇は高度にも関わらず、経皮的カテーテル治療やPAH治療薬の組み合わせにより良好な治療効果、予後を認めた。生存率については、世界の中でも良好とされる本邦のPAHの生存率と同等であった(Circ J. 2017; 82(1): 275-82.)。


本研究の意義、今後の研究の展望

本研究は、超希少疾患である成人発症PPS患者の臨床データについて多施設で多くの症例数をまとめた世界初の報告であり、European Respiratory Journal誌に掲載された(Tamura Y, et al. Eur Respir J. 2023; 62(6): 2300763.)。明らかになった臨床的特徴から、成人発症PPSの疾患概念を確立し、今後の治療の標準化や新規難病指定に貢献することが期待される。今回の研究を契機に成人発症PPSの疾患概念の普及と診断が進むだけでなく、臨床研究や病態に関する基礎研究を促進する基盤的研究となることが期待される。
静注薬から内服薬に切り替えた特発性肺動脈性肺高血圧症患者に関する臨床研究も共著者として発表しているが(Tamura Y, et al. Pulm Circ. 2022; 12(1): e12058.)、単施設における研究結果だけでなく、肺高血圧患者は希少であり、本研究のように多施設研究が重要である。例えば、Japan Pulmonary Hypertension Registry(JAPHR)のレジストリデータから日本の臨床現場の実際を提示していくことは重要と考えており、本邦における門脈圧亢進症に伴う肺動脈性肺高血圧症の治療や予後に関するデータも発表した(Tamura Y, et al. Clinical Management and Outcomes of Patients With Portopulmonary Hypertension Enrolled in the Japanese Multicenter Registry. Circ Rep. 2022 Oct 8;4(11):542-549.)。また、今後に膠原病性肺動脈性肺高血圧症に関する研究に関する研究についての発表を予定している。