肺高血圧症の病態の解明、診断能と治療成績の向上、および治療指針の確立をはかり、貢献することを目的として活動を行っております
●阿部弘太郎(九州大学病院 循環器内科)
肺動脈性肺高血圧症の閉塞性血管病変と右心不全進展機序に関する基礎研究
慢性血栓塞栓性肺高血圧症に関する多施設レジストリの構築研究
肺動脈性肺高血圧症の閉塞性血管病変と右心不全進展機序に関する基礎研究
肺動脈性肺高血圧症疾患モデルに関する研究:
従来の肺高血圧モデル動物では、肺高血圧患者に認められる進行した病理像(求心性内膜過形成、plexiform病変)を再現することはできなかった。申請者は、VEGF受容体拮抗薬(Sugen5416)皮下注+低酸素3週飼育+常酸素10〜11週飼育により、全てのヒトの病理像を再現する初めての疾患モデルラット(Su/Hx/Nxモデル)を開発した(Circulation 2010)。本モデルの開発により、疾患モデルを用いた肺動脈性肺高血圧症の閉塞性肺血管病変の病態解析研究が可能となった。米国胸部疾患学会(ATS)でも今後の肺高血圧症の研究分野にインパクトを与えるモデルとして申請者のインタビュー記事が全会員向けに配信され、Circulation誌のeditorが選ぶ過去3年間で最もインパクトのある論文30編の1つに選出された。
肺動脈性肺高血圧症の閉塞性病変進展機序に関する新たな仮説の提唱:
血行動態ストレス自体が肺血管病変や右心不全にどのような影響を与えるか十分に検証されていない。高度の肺高血圧と閉塞性肺血管病変を示す5週目Su/Hx/Nxモデルに対して左肺動脈縮窄を行い、閉塞性病変の進展・維持における血行動態ストレスの役割を解析した。左肺動脈縮窄5週後に病理組織を解析したところ、血行動態ストレスの軽減した左肺では閉塞性血管病変の退縮が生じ、逆に血行動態ストレスの増加した右肺において病変は増悪した。また、右肺において、NF-κBとIL-6の発現上昇と血管周囲の炎症細胞浸潤を認めた。これらの結果から、肺高血圧の進行期に血行動態ストレスを増加させると炎症を介した閉塞性肺血管病変が進展し、一方で、ストレス軽減による肺血管リモデリング改善の可能性が示唆された(Cardiovasc Res. 2015)。閉塞性病変進展・維持は「腫瘍性異常細胞の増殖による」とされてきた従来の病態生理の理解から、「血行動態ストレスが主である」という理解へのパラダイムシフトが起こり、肺高血圧の根源的な治療は血行動態ストレス軽減であることが示された。今後の肺動脈性肺高血圧症の進展機序の新たな仮説として、2018年度 米国胸部疾患学会総会でスタンフォード大学ラビノビッチ教授とのpro/con sessionに招待された(Am J Physiol Lung Cell Mol Physiol. 2018)。この理論を応用し、慢性血栓塞栓性肺高血圧症に対するバルーン肺動脈拡張術が血行動態ストレスを軽減し閉塞性血管病変を改善する可能性について、血流シンチとMRIによる肺血流測定により示唆する臨床研究論文も発表した(EuroIntervention. 2018)。
後負荷上昇による右室不全の進展機序に関する基礎研究:
次に、後負荷上昇によって右心不全が増悪する機序について検討した。近年、圧負荷により傷害されたミトコンドリアをリガンドとしてtoll-like receptor 9(TLR9)が活性化し、炎症が惹起されることが報告されている。われわれは、主肺動脈縮窄による右室機能不全ラットを用いて、慢性の圧負荷によるTLR9を介した炎症と右心不全進展機序について検討を行った。体重約200gの雄SDラットに対して18G針を用いて主肺動脈縮窄を行ったところ、14日目にかけて心筋周囲のマクロファージの浸潤とTLR9とNF-κBの活性化と、28日後に右室線維化および心拍出量の低下を認めた。14日目からTLR9阻害薬(E6446)とNF-κB阻害薬(PDTC)を投与した群では、これらの炎症細胞浸潤が退縮し28日目の心機能は改善した。これまで、右心不全の進展機序に初期の炎症とその機序が明らかではなかったが、右室に対する過剰な圧負荷が起こると、TLR9-NF-κBを介した炎症および線維化が惹起され、右心機能が低下することが明らかとなった(Cardiovasc Res. 2018)。
慢性血栓塞栓性肺高血圧症に関する多施設レジストリの構築
慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)は肺動脈内に器質化血栓が形成され肺血流が障害される疾患(国内患者3000人の希少疾患)である。保存的加療のみでは、肺動脈圧上昇による右心不全を発症し、5年生存率40%と極めて予後不良である。主要なCTEPHの診療ガイドラインでは抗凝固療法、外科的血栓摘除術、経皮的バルーン肺動脈形成術、リオシグアトがクラスIの治療として推奨されているが、いずれもエビデンスレベルが低く、ガイドラインであっても薄氷のEBMのもとに成り立っている。したがって、CTEPHは希少疾患であるため、大規模な比較対照試験の実施は困難であり、リアルワールドデータを活用したエビデンス創出により、強固な根拠にもとづく治療法の確立が急務である。本研究の目的はCTEPHに関する全国規模のレジストリを構築して治療法に係るエビデンスを創出することであり、治療法に関するエビデンス創出する。
申請者は、これまでにCTEPH患者の診断と治療に関する多くの経験と臨床報告・研究を行ってきた(Eur Heart J., JACC Cardiovasc Interv., Eur Heart J Cardiovasc Imaging.EuroIntervention.など14編)。2018年度より国立医療研究開発機構(AMED)からの研究費を活用し、日本肺高血圧症・肺循環学会公認『CTEPHに関する多施設レジストリ(CTEPH AC Registry)』のEDCを構築した。本学会員の多大な協力により、すでに700症例以上のベースライン登録が終了している。2020年11月に全国一斉追跡入力し、本邦初のCTEPHの治療に関するエビデンスを創出する。
●大郷剛(国立循環器病センター 心臓血管内科部門 肺循環科、肺高血圧先端医学研究部)
慢性血栓塞栓性肺高血圧症に対する肺動脈バルーン形成術のエビデンス構築
慢性血栓塞栓性肺高血圧症(Chronic Thromboembolic Pulmonary Hypertension: CTEPH)は肺動脈器質化血栓により肺高血圧症(PH)を呈する疾患で開胸手術適応外の患者では慢性右心不全のためQOLが著しく低下し予後は不良である。カテーテル技術の進歩に伴い2000年代にBPAが国内PHセンターにおいて少数例施行されてきたがリスクも高く2013年の国際PHシンポジウムでもBPAの位置づけは不明とされ、少数例の血行動態等の有効性だけでは国際的な評価を得るには至らなかった。そこでBPAの「有効性、安全性に対するエビデンス創出」と「手技の標準化」を目指し以下の5つの課題を設定し研究を行った。
① BPAによる右心機能改善の証明(論文名:Right ventricular reverse remodeling after balloon pulmonary angioplasty, prolonged QRS duration as a predictor of right ventricular dysfunction after balloon pulmonary angioplasty)
PHの最も重要な予後規定因子の一つである「右心機能」に着目し、BPA前後で心臓MRIを用いた右心機能を評価し、BPAによる右室拡張末期容積, 右室収縮能, 右室心筋容積等の右心機能改善を明らかにした。本研究は2014年国際CTEPH学会の最優秀演題賞を受賞するとともに同年論文発表した [Eur Resp J (Impact factor: 11.807, Citation index: 95)]。BPA後44%の症例で右心機能改善が不十分な症例がある事に着目し、その関連因子を検討した。右室リモデリング(RV end-diastolic volume index >100 ml/m2 or RV ejection fraction (EF) <45%)進行例ほどBPAの効果も少なく、心電図のQRS幅がその予測に有用であることを明らかにした。[Int J Cardiol (Impact factor: 3.471, Citation index: 3)]。またCTEPH剖検例の病理所見を追加検討し定量化した右心室線維化率とQRS幅は相関していることが示された。これらの結果から、CTEPHへのBPA介入治療戦略における層別化の概念を提唱した。
② BPA単独、心臓リハビリテーション併用による運動耐容能改善効果(論文名:Exercise intolerance and ventilatory inefficiency improve early after balloon pulmonary angioplasty in patients with inoperable chronic thromboembolic pulmonary hypertension. Efficacy of cardiac rehabilitation after balloon pulmonary angioplasty for chronic thromboembolic pulmonary hypertension)
PHの予後とQOLに関係する「運動耐容能」の改善効果を定量的に示すことは、BPA治療効果と治療ゴール決定の上で重要なエビデンスになる。そのためBPA前後のCPXで運動耐容能を評価した:Peak VO2を含めた運動耐容能のパラメーターが有意に改善していることを示した [Int J Cardiol (Impact factor: 3.471, Citation index: 20) ]。BPA単独でのPeak VO2は改善を示したものの17.8±2.8 mL/min/kg程度までに留まり、運動耐容能改善の限界も示す結果も得られた。そのためBPA後心臓リハビリテーションの追加効果を前向き介入研究で行った。その結果BPA施行12週目でpeak VO2、最大運動強度、及び酸素化において非心臓リハビリテーション群と比較して心臓リハビリテーション群で有意に改善しBPAと心臓リハ併用治療はCTEPHの効果的な治療戦略であることを示した [Heart (Impact factor: 5.082, Citation index: 11) ]。
③ BPAにおける新規治療病変評価法の開発(論文名:Efficacy and safety of balloon pulmonary angioplasty for chronic thromboembolic pulmonary hypertension guided by cone-beam computed tomography and electrocardiogram-gated area detector computed tomography)
CTEPH末梢病変はメッシュ状のため現行CTや血管造影では詳細な病変評価困難という問題が指摘されていた。次世代CTである Cone-beam CT及びArea-detector CTを用いて末梢病変部を画像で視覚化し形態評価を試み成功した。その病変形態に応じた肺動脈拡張術で死亡例なく極めて安全に治療効果を上げることを2017年に報告した [Eur J Radiol, Impact factor: 2.948, Citation index: 28)]。
④ 国際的なBPA治療の確立と普及発展への貢献
国際肺高血圧症シンポジウム(第6回フランス2018年2月開催)において、世界代表のCTEPHタスクフォースとして大郷が選出され、国際的なBPAの治療指針、治療アルゴリズムの作成に関与した。本シンポジウムにおいて国際CTEPH治療アルゴリズムにBPAが初めて組み込まれた。この指針は2019年Proceedingsとして論文化され [Eur Respir J. 24;53(1) (Impact factor: 11.807) ]、 これによりBPAは非手術CTEPH症例における治療として国際的に標準治療として位置づけられた。
⑤ 国内全例登録によるBPAレジストリー構築(AMED研究:課題名 慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)に対するballoon pulmonary angioplasty(BPA)の有効性と安全性に関する多施設レジストリー研究)
BPAの安全性と有効性を担保するエビデンスを作り、その実施施設基準や国内、国際ガイドラインに反映することを目的としたBPA登録レジストリーを構築し、その事務局として活動しており、国内全例登録を目指している。AMED研究として日本循環器学会中心に4学会共同で2018年5月より開始し現在までに42施設548症例の登録があり、世界最大規模のBPAレジストリーとなっている。今後5年間で1600例の症例登録を目指しており、国際的にもリアルワールドエビデンスを発信していく基盤になるものと考える。