肺高血圧症の病態の解明、診断能と治療成績の向上、および治療指針の確立をはかり、貢献することを目的として活動を行っております
●伊波 巧(杏林大学医学部循環器内科学)
慢性血栓塞栓性肺高血圧症に対する経皮的肺動脈形成術の刷新と発展
慢性血栓塞栓性肺高血圧症に対する経皮的肺動脈形成術の刷新と発展
慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)は予後不良の疾患であり、唯一の治療法は長年肺動脈内膜摘除術のみであり、CTEPH症例の約4割は手術困難例で、その予後は極めて不良であった。2000年代に入り、手術困難なCTEPHに対する新たな治療法としてバルーン肺動脈形成術(BPA)の治療効果に関して報告されるようになったが、約6割に再灌流性肺水腫の合併症を認めたと報告され、BPAの安全性に関して疑問視されていた。非手術適応CTEPH症例の予後を改善させるためにはBPAの安全性を向上させる必要性があると考え、BPA後に再灌流性肺水腫を来すリスク因子に関して、新たな知見を報告した(Inami T, et al. JACC: Cardiovasc Interv. 2013;6:725-736)。Feinsteinらの先行論文で、既に平均肺動脈圧35mmHg以上の症例は再灌流性肺水腫のリスクとなることが報告されていたが、本論文でも同様に再灌流性肺水腫を発症しなかった群の平均肺動脈中央値は33mmHgと近似していたことを追認したと同時に、重症肺高血圧症例に一度の手技で高度に再灌流させてしまうことが、最も強い再灌流性肺水腫のリスク因子であることを初めて報告した。この報告によって、重症肺高血圧症例では対照血管径に応じたバルーンサイズを選択せず、より小径サイズのバルーンカテーテルを選択するという、現在のBPA治療の基本的な手技上の原則を確立する礎になったと考える。またこの報告は、2015年ESC/ERSの肺高血圧症ガイドラインの参考文献としても掲載され、BPAの世界的な普及の一助になったと思われる。
この治療法の革新が、合併症のリスク低減に繋がったことに関しても報告し、さらにはpressure wireを用いて、病変拡張前後の病変血管末梢圧を定量的に評価することの有用性に関しても報告し、より広く多くの医師によって安全に行うためのBPAの標準化に貢献したと考える(Inami T, et al. JACC: Cardiovasc Interv. 2014; 2014;7:1297-1306)。
また、改良されたBPAが、薬物治療よりも有意に予後を改善し、肺動脈内膜摘除術に匹敵する効果がある可能性についても報告し(Inami T, at al. PLosOne. 2014;9:e94587)、170例と多数例でのBPA治療後の長期成績(5年生存率95.5%)に関して初めて報告した(Inami T, et al. Circulation. 2016;134:2030-2032)。
上記の通り、CTEPHに対するBPAの安全性と有用性に関する報告だけではなく、近年注目されている肺高血圧症を伴わないChronic Thromboembolic Disease(CTED)に対するBPAの効果と安全性に関しても報告した(Inami T, et al. Int J Cardiol. 2019;289:116-118)。CTEDに対しての治療法に関して明確な見解はないが、今後の治療法のエビデンス構築の一助となったと考える。
CTEDに対する治療適応の決定や、外科治療やカテーテル治療後も症状の残存するCTEPH症例が一定数存在し、これらは今後の課題となっている。安静時の右心カテーテル検査のみでは、残存する肺血管障害の程度を把握することは困難であるが、右心カテーテル留置下運動心肺負荷試験によって運動時の肺循環障害を定量評価できることと、BPAによって安静時血行動態が正常域まで改善した症例でも約半数は運動誘発性肺高血圧症を有していることを報告した(Kikuchi H, Goda A, Takeuchi K, Inami T, et al. Eur Respir J. 2020 Apr 20:1901982. Online ahead of print)。
上記の研究によって非手術困難CTEPHに対するBPA治療の安全な手技の確立、長期的な予後改善効果だけでなく、今後課題となってくるCTEDの評価及び治療法、外科治療及びBPA後の症状残存症例に対する臨床的アプローチに関して知見確立に貢献できた。