肺高血圧症の病態の解明、診断能と治療成績の向上、および治療指針の確立をはかり、貢献することを目的として活動を行っております

本学会について

2024年度 日本肺高血圧・肺循環学会「八巻賞」受賞者

2024年度 日本肺高血圧・肺循環学会「八巻賞」受賞者および受賞研究題目

細川 和也(九州大学病院 循環器内科)

「慢性血栓塞栓性肺高血圧症に対する抗凝固療法に関するエビデンス創出」

研究要旨

「慢性血栓塞栓性肺高血圧症に対する抗凝固療法に関するエビデンス創出」

慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)は急性肺血栓塞栓症後の遠隔期合併症であり、肺動脈内血栓の不完全溶解によって慢性的に肺循環が障害される疾患である。CTEPHでは肺血栓塞栓症の再発および肺動脈内の血栓形成の予防のために生涯にわたる抗凝固療法が必要であり、歴史的にビタミンK拮抗薬(本邦ではワルファリン)が使用されてきたが、2010年以降に3つの直接経口抗凝固薬(DOAC)が確立し、無作為化比較対照試験のメタアナリシスを経て急性肺血栓塞栓症ではより出血性リスクの低いDOACが第一選択薬として推奨するに至った。2012年、手術不能なCTEPHに対する経皮的バルーン肺動脈形成術の有効性・安全性を示した報告(Circulation Cardiovasc Interv 2012;5:748-55)、2014年、手術不能なCTEPH対するリオシグアトの有効性・安全性を示した報告(N Engl J Med 2013;369:319-29)、2022年、手術不能なCTEPHに対するセレキシパグの有効性・安全性を示した報告(Eur Respir J. 2022 Jul 7;60:2101694)など治療の開発により、手術不能な患者においても予後の改善(5年生存率 90%)が見込めるようになり、改めて生涯抗凝固療法の捻じれが浮き彫りになってきていた。


われわれは自施設におけるDOAC使用患者(n=21)とワルファリン使用患者(n=25)で肺血管抵抗の経過を後ろ向きに解析し、DOAC使用患者で年余にわたり肺血管抵抗が悪化しないことを明らかにした(DOAC; -0.44±0.89 Wood単位/年、VKA; -0.17±0.82 Wood単位/年、p =0.32) (Thromb Res 2019;180:43-6)。この研究と並行し、日本医療研究開発機構 難治性疾患実用化研究事業のご支援のもと2018年8月にCTEPHのレジストリ(CTEPH AC Registry)を構築し、その中で抗凝固療法のアウトカムを前向きに観察する研究を開始した。日本肺高血圧肺循環学会のご支援もいただきこのレジストリは2021年12月までに本邦のCTEPH患者の約25%に当たる927名を全国33施設から登録するまでに規模を拡大した。データ固定後の解析では446名のDOAC使用患者と481名のワルファリン使用患者を解析対象とし、CTEPH増悪イベント(複合エンドポイント:死亡、疾患関連入院、緊急経皮的バルーン肺動脈形成術または外科的血栓内膜摘除術、非経口肺血管拡張薬の使用、6分間歩行距離の短縮を伴うWHO機能分類の悪化)に差はなく、症候性静脈血栓症の発現率は両群共に低率(約0.5%/年)で同様であることを明らかとした。一方、臨床的に重要な出血(ISTH基準)はDOAC使用患者と比較しワルファリン使用患者で有意に発現率が高く(図1)、患者背景およびリスク調整後もワルファリン使用患者はDOAC使用患者と比較し3.06倍(95%信頼区間1.17-8.03倍)の出血リスクがあることを明らかとした(J Thromb Haemost 2023;21:2151-2162)。


図1.CTEPH ACレジストリで明らかとなった直接経口抗凝固薬(DOAC)使用患者とワルファリン使用患者の長期アウトカム(DOI: 10.1016/j.jtha.2023.03.036)

図1.CTEPH ACレジストリで明らかとなった直接経口抗凝固薬(DOAC)使用患者とワルファリン使用患者の長期アウトカム(DOI: 10.1016/j.jtha.2023.03.036)


CTEPH ACレジストリは観察研究であるが、世界初の前向きコホート研究であることを評価いただき国際血栓止血学会の公式誌にEditorial (J Thromb Haemost. 2023;21(8):2058-2060)付の記事として掲載されている。われわれはこのレジストリ研究に引き続いて、日本医療研究開発機構 臨床研究・治験推進研究事業と第一三共株式会社のご支援のもと2019年からCTEPHに対するエドキサバンの適応拡大のための第Ⅲ相医師主導治験を準備した。希少疾患である肺高血圧領域では無作為化比較対照試験の実施に困難が多いが、本試験はCTEPH患者におけるエドキサバンの有効性・安全性を評価する単盲検無作為化ワルファリン対照非劣性検証試験(試験名:KABUKI試験)のデザインで計画し、医薬品医療機器総合機構との治験プロトコールのすり合わせを経て、2021年1月に医師主導治験として開始した(BMJ open 2022;12(7):e061225)。本試験の主要評価項目であるベースラインに対する48週後の肺血管抵抗の比はエドキサバン群がワルファリン群に対して非劣性を示し(図2)、エドキサバンが48週間にわたりワルファリンに劣らずCTEPHの肺血行動態悪化を抑制すること(非劣性検証、p <0.001)、臨床的に重要な出血および症候性静脈血栓症の発現率はエドキサバン群でワルファリン群と同様に低率であることを明らかとした。この結果はAHA Scientific Session 2023のFeatured Science部門で発表しCirculation誌に同時掲載され、広く注目される試験となった(Circulation 2024;149(5):406-409. Epub 2023 Nov 13)。


図2.KABUKI試験の主要評価項目(DOI: 10.1161/CIRCULATIONAHA.123.067528)

図2.KABUKI試験の主要評価項目(DOI: 10.1161/CIRCULATIONAHA.123.067528)


これら一連の研究は、疾患領域間のドラッグラグともいえる状況に対して、非弁膜症性心房細動や静脈血栓症同様にCTEPHの抗凝固療法をワルファリンからDOACへと進めたいという思いを具現化したものであり、今後の診療ガイドラインを変えるに資するエビデンスが創出されたと考えている。